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2011年2月12日 (土)

メラビアンの法則⑫ 「表情」から感情を読み取る研究(4)国際(民族)比較②

今回は、(財)地域社会研究所の理事で、モーゼスおばあさん(※)の紹介者として知られる加藤恭子氏の著書『言葉でたたかう技術 日本的美質と雄弁力』(文芸春秋社)より、「顔の表情について」を取り上げます。これまでとは趣が異なりますが、内容にかんがみ、研修シリーズ第42回に続く「国際(民族)比較②」といたします。
※アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス:1961年(昭和36年)に101歳で死去。75歳で油絵を描き始め、80歳の個展「農婦の描いたもの」が評判となる。ルーブル近代美術館が米国人画家の作品として最初に買い上げたのは、彼女の作品だった。

〝パーセッション・ギャップ〟を招きやすいものの1つに、日本人の表情がある
「〝表情〟にもいろいろあるが、悲しみや怒りの表情は、誤解を招かずにちゃんと通じる。だが多くの日本人は、他人に対し、ことに外国人に対し、そうした感情表現は押し殺す傾向がある。
誤解を招きやすいのは、日本人の〝笑い〟か、それに近い表情である。
英語では主に2つの単語があるが、“laugh”は声を出して笑い、“smile”は音を出さずにほほえむことである。この2つを〝笑い〟とするが、これが実に複雑なのだ。
日本人自身は、自分が複雑な行動をとっているなどという意識は全くない。ごく自然に、または他への配慮からしているのだが。」※パーセプション・ギャップ:認識のずれ。日本と外国との間の問題認識の差などをいう=デジタル大辞泉より。

実例①「著者のアメリカの友人が亡くなった教え子の母親のスマイルを誤解した」
「日本へ来たついでに、かつて彼女の教え子だったが後に病死した日本人留学生の母親にお悔やみを言いたいというので、その母親に、私の研究室まで来てもらったことがあった。友人のお悔やみの言葉を訳して伝えると、彼女は、
『いえいえ、息子がお世話様になって、本当にありがとうございました。若いのに手おくれの癌になるなんて、これも寿命だったんですね。主人ともそう話し合っています』とにこやかに答えた。
彼女が帰ってから、友人は言った。
『あの母親、息子の死を悲しんでいないのね。うれしそうなスマイルで語っているのよ!』
『違う。悲しみを抑えているのよ。自分の悲しみで、あなたに負担をかけてはいけないと思って、気を使っているのよ』
『え? どこからそういう解釈が出るの?』と、友人は驚いていた。」

●国際人の加藤恭子氏が解説を加えても、なかなかこうした心配りを理解してもらうのは大変でしょうね。ところで、この事例とまったく同様のお話が、芥川龍之介の『手巾(はんかち)』に書かれていることを、岩田誠&川村満編『ノンバーバル・コミュニケーションと脳――自己と他者をつなぐもの』(医学書院)の中の「こぼれ話『顔で笑って・・・』」で知りましたので、そちらもご覧いただきたいと思います。

芥川龍之介『手巾(はんかち)』より、息子を亡くした母親が恩師宅を訪ねて…
「日本人の『こころ』のありようについて語るとき、私はしばしば芥川龍之介の『手巾(はんかち)』を引き合いに出す。
ある夏の日、西欧的合理主義者の帝国大学教授の家に、1人の婦人が訪ねてくる。彼女は、最近病で亡くなった大学生の息子が世話になっていた恩師に、お礼を言いに来たのだ。その婦人の言葉を黙って聞いていた教授は、1人息子の死を語るその母の顔に悲しみや苦しみの表情はなく、口元にはかすかな笑みをたたえていることに気づいて不思議に思う。

そして、昔ドイツ留学中にドイツ皇帝が亡くなったときに、下宿のこどもが涙を流していたことを思い出した。そのときは、その素直な感情表現に驚いたからだった。それを思うと、今なぜこの婦人は最愛の息子の死を嘆かないのか。教授には理解ができなかったのである。そのとき、教授は手に持っていた団扇をうっかり床に落としてしまった。それを拾おうと身をかがめた教授は、テーブルの下に隠されていた相手の婦人の手を垣間見る。

膝の上に置かれたその母の手は、手巾(はんかち)をきつく握り締めて、わなわなと震えていた。彼女は、顔には笑みをたたえながら、全身で泣いていたのだということに、教授は気がつく。そして、西洋じたての合理主義だけでは理解しきれない、日本人の『こころ』のありようを知るのである。」

●加藤氏の著書の出版は2010年12月ですから、取り上げられたエピソードがそれほど昔のこととは思えません。一方、芥川龍之介が『手巾(はんかち)』を発表したのは1916年(大正5年)で、この間100年近い歳月が流れています。
しかし、描かれていることはタイムスリップしたかのようにまったく同じで、とても驚かされました。そして、外国の方には誤解されやすい側面があるものの、〝顔で笑って心で泣いて〟という、古き良き日本人が美徳としてきた感情表出が残されていることに感激もした次第です。加藤恭子氏の同書からもう1例を紹介いたします。

実例②「繁華街で転んだ英国人男性。笑い声を含んだ「キャーッ」に腹を立てた」
「日本人は、英国人を憎んでいるのでしょうか? 英国のPOW(戦時中の捕虜たち)が日本を憎んでいるように?」
「あなたが英国人か、アメリカ人か、ドイツ人か、見分けはつきません。ただ、〝外国人〟です」
「では、外国人一般に対する侮蔑なのですか?」
「日本人に対しても同じですし、これは〝侮蔑〟や〝嘲笑〟ではないのです。もしあなたが駅の階段から転げ落ちたなら、誰も笑いません。大怪我かもしれないでしょ? 周囲の人たちは心配して、救急車を呼んだりするでしょう。でも、あなたの場合は、歩道で足を滑らせて転んだだけ。周囲の女性たちの中には、びっくりして声を上げた人もいるでしょう。『キャーッ』とか」
「では、あの笑い声は? 私はあんな侮辱を受けたことがありません」
「それは、侮辱ではない。むしろ、応援なのです」
「応援? いったい、どうして人の災難に対しての笑い声が〝応援〟になり得るのですか?」
「あなたはころんだことによって、少々きまりの悪い思い(embarrassed)をなさったでしょ?」
「不可抗力の出来事ですから、embarrassedにはなりません」
「そうかもしれないけど、普通とはちょっと違った感情の動きがあったでしょ? 人通りの多い道で、一人だけころんだのですから。あまり格好のよくない姿勢になってしまったとか・・・・・」
「それはそうですけれど」
「その感情に共感するというか、吹き飛ばすために、周囲が笑ったのです。だから、〝応援〟になり得るのです」
英国紳士は奇妙な顔で黙り込んでしまった。私も、沈黙。しばらくして、彼は訊ねた。
「そういう笑いに対して、私のとるべき態度は?」
「あなたも、一緒に笑えばよいのです。『しまった、しまった』と。みんなで笑って、何事もなくてよかったと、この件はおしまいになる」 
「・・・・・・」
と、以上3つの例をあげただけでも、日本人の何気ない笑いや、他への配慮からくるほほえみが、どれだけ複雑なものか、説明を要するものかが、みえてくるのではないだろうか。」

●著者はビジネスシーンにも言及し、「有利不利を競う場面では、細心の注意を払わなくてはならない。思わぬ〝パーセプション・キャップ〟へと発展するからである。」と指摘し、あるアメリカ人の発言、「いつも日本人はにこにこしているから、とても交渉がし難い。何を考えているのか、表情から伝わってこないからです」を紹介して、日本人特有の「顔の表情」に対する日本人の認識不足に警鐘を鳴らされています。

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