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2011年9月

2011年9月24日 (土)

『なでしこジャパン』に学ぶ、6通りのコーチングスタイル③

アテネ五輪の予選を戦っていた当時、佐々木則夫氏はコーチで、予選突破後の2007年12月に監督に就任しています。そして、彼が監督就任するとなでしこジャパンは3連勝しました。いまから3年まえのことだそうですが、この結果を見て選手たちは監督に言ったそうです。
「ノリさんは何か持っている」(斎藤祐樹投手が同じ言葉を発する以前のこと:山本注)
それに対して、佐々木監督は、こう言い返しました。
「持っているのは俺じゃない。おまえたちだ。運の話じゃない。世界で勝つための能力を、おまえたちは持っているんだよ」。やっぱり、佐々木監督格好イイ!

「コーチングVSメンタリング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】個別指導によって問題解決・状況対応能力を高める
【相違点】メンタリングは「同じ会社・職業での個人的経験を元に指導」
     コーチングは「対象は多様で個人的経験のない分野でも可能」
ドイツ戦後、放心状態の永里優季選手の手を引いて歩いた宮間あや選手(※9)
活躍を期待されながらドイツ戦を途中交代となったフォワードの永里優季選手の談話
編集者:「ドイツ戦後宮間選手が手を引いて歩いてました。あの時は何を話していたんですか」
永里:「試合後、私はしゃべれるような状態ではなかったんです。でも、あやが「次の舞台はつくったから、次はお前の番だな!」って言ってくれました。自分の知らないところ、分からないところで、自分は支えられているんだな、見守られていた存在なんだということに、あらためて気づかされました。」

ドイツチームでプレーする花形フォワードだっただけに、期待に応えられず、途中から戦線を離脱した挫折感は大きかったと思われます。宮間選手には、他にサイドハーフへコンバートされた大野忍選手へのアシストもマスコミに紹介されていました。彼女だって全試合に出場して心身ともに疲れ果てているはずなのに、その仲間を思うやさしさに、メンタリング的コーチングの真髄を見た気がいたします。

そんな宮間選手だからこそ、決勝のPK戦で日本の勝利が決定した瞬間も、日本選手の歓喜の輪に身を投じず、先ず最初に敗者となったアメリカチームに歩み寄り、健闘をたたえあうことが出来るのでしょう。きっと、アメリカ選手たちにも、宮間選手の人を思いやる〝熱いハート〟は通じたことと思います。ピッチ上のパスと同じくらい、同僚へのアドバイスもバッチリでした。

「コーチングVSマネージング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】資源を活用して目標を達成する
【相違点】マネージングは「現在の能力で目標達成をはかる」
     コーチングは「目標達成をめざしつつ部下の能力向上をはかる」
選手の能力を最大限発揮させるために、大胆な配置転換を行った佐々木監督
その代表的な例が、一貫して攻撃の柱として君臨してきた澤穂希を、ボランチ(守備的MF)にしたことだ。「沢がボールを奪う機会を増やせば、日本は攻撃のチャンスを増やせる。ボールを奪うセンスに最も優れているのは澤だからだ」。という理由だ。
澤とコンビを組むもう一人のボランチには、FWまたは攻撃的MFとして将来を有望視されていた阪口夢穂を大抜擢した。

「(坂口選手は)ボールの落下店を正確に見極める能力が、女子選手の中ではずば抜けて高かった。DFの1列手前で相手のロングパスを跳ね返すには、うってつけの素材だった」佐々木には、自分の好みのチームをつくるために選手を都合よく管理下のおこうとする発想も、固定観念もなかった。この2人を自分好みのボランチにしようとしたわけではない。あくまでもマーケティングを軸にした戦略の中で、最も効果的な戦い方を模索した結果だった。

●体格がよく、スタミナもある欧米選手と互角に戦うための、チーム資源(と言ったら失礼ですが・・・)を最大限に生かそうとした佐々木監督の手腕こそは、マネージング的コーチングの見本といえるのではないでしょうか。澤選手のコンバート理由が、U-20監督時代の佐々木監督が、若手育成の参考にと澤選手にインタビューしたときにヒントを得ていたというのも興味深い話です。

●このコンバートに当初は抵抗のあった澤選手が「ノリさん(佐々木監督)は、相手を誘いこんで、術中に嵌めてボールを奪うことを教えてくれた。守備がこんなに楽しいとは知らなかった。自分が得点するだけでなく、味方に得点を決めさせるパス出しの楽しさにも気づくことができた」と述懐しています。コーチングの果たしうる最高の成果が、澤選手のコンバート成功物語といえそうですね。

※1『入門 ビジネス・コーチング』(本間正人著/PHP研究所)
※2・3・9『サッカーマガジン』(2001年8月9日号/8月16日号/8月2日号)
※4『文藝春秋』(2011年9月号)澤穂希「私はあきらめない」
※5『朝日新聞』(2011年8月20日朝刊)
※6『荒地に花は咲く』(池田浩美(旧姓磯崎浩美)著/アートヴィレッジ)
※7・8『アエラ』(2011年8月1日号/8月22日号)

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2011年9月17日 (土)

『なでしこジャパン』に学ぶ、6通りのコーチングスタイル②

「ハラハラ、ドキドキ、そして最後はしっかりとハッピーエンド」
「なでしこジャパンの監督は、スピルバーグがやっているのか?」との海外メディアの報道があったそうです。たしかに、女子サッカーを見るたび感動が蘇ってきます。
今回のオリンピック予選も毎試合、同じように手に汗握りましたが、結果はお見事、予選突破でした。
佐々木監督には、本番のオリンピックではスピルバーグではなく、もっと安心して見ていられる監督になっていただきたいと思ったりしますが、それでは面白くないのかも・・・。さて、前置きはこのくらいにして、本題のコーチングシーンにまいります。

「コーチングVSアドバイジング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】相手に客観的な助言を与える
【相違点】アドバイジングは「~すべき」コーチングは「いっしょに」
監督が前キャプテンから「だめです!」と注文を付けられた!? (※5)
朝日新聞で佐々木則夫監督がサッカー前男子日本代表監督の岡田武史さんと対談。こんなエピソードを紹介しています
「女子は協調性がすごく強くて、選手がけがをして合宿から離れるときに全員で見送る。ある時、私はすでに1対1で話したから見送らないでいたら、当時の主将が来て『だめです。見送りの場にいないとみんなが冷たい人だと思うから』と」。

前キャプテンが失意の後輩を思い、あわせチームの求心力を高めるために、上位者に対して行ったアドバイジング的コーチングのように私には映ります。
このエピソードはたしか、佐々木監督を「監督というより、親戚のオジサンをみたい」と語ったことのある前キャプテンの池田浩美(旧姓磯崎浩美)さんが書いた『荒地に花が咲く ~サッカーへたくそ少女、なでしこジャパンの飛躍を支える』(※6)にも出てきたと記憶します。

堂々と語りかける前キャプテンも立派なら、「どうして?」と質問し、その回答に納得して見送りの列に連なった佐々木監督。チームスタッフに言わせれば、「相手がだれであっても対等な関係を築いてくれる」といいます。(※7)上から目線ではない、常に横からの目線がすばらしいチームワークを醸し出すのでしょね。やっぱり素敵です。

「コーチングVSティーチング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】指導によって能力を高める
【相違点】ティーチングは「画一的教育」コーチングは「個別指導」
7年前の北京五輪予選、12年間勝利なしの相手に澤選手が見せた強烈タックル!
「2004年4月、アテネ五輪出場権を賭けたアジア予選で、日本は、過去12年間勝ち星なしの北朝鮮と対戦した。開始1分だった。澤は相手選手との競り合いで、いきなり強烈なショルダータックルを見舞った。相手はたまらず吹っ飛ばされた。そのワンプレーで、チームメイトは勇気を得た。
『あのタックルで、私たちが勝つことを確信した』
ベンチで戦況を見守っていた安藤梢(W杯の全試合先発出場:山本注)はそう話している。多くの選手が今なお、あの澤のワンプレーを忘れていない。北朝鮮に完勝したこの一戦の後、チームは『なでしこジャパン』の愛称を与えられた。」(※7)

苦手意識を払拭して勝利を手にするには、言葉ではなく態度で示すことが必要だと澤選手は感じていたのでしょうね。私の記憶が違っていたら申し訳ありませんが、この試合前、澤選手は膝を痛めており、出場が危ぶまれていたと思います。そのような状況で選手生命を捧げるかのごとき強烈なショルダータックルを見せ付けられ、対戦相手はひるみ、逆に味方は大いに鼓舞され、12年ぶりの勝利を手にした。今日のなでしこジャパンの原点ともいえる感動的なシーンは、澤選手のティーチング的コーチングによってもたらされたように思います。

W杯決勝、ロスタイムの攻防中、またもや見せた〝後輩を叱咤する〟必死プレー
アメリカとの決勝戦タイムアップ寸前、フリーキックを得た米国のボールは米国選手に当り、左サイドに流れた。120分闘った選手たちは疲労困憊。ボールの流れを眼で追うだけだったが、だだ一人、日本が作った壁の右側にいた澤が、もっとも遠い位置にいたにもかかわらず、そのルーズボールを追いかけクリアしたのである。(※4)

このプレーについて感想を求められた澤選手の回答は
「(にやりとして)32歳の私がああいうプレーをすれば、若手もやらなきゃならないと考えるはずでしょ」と、いたってあっさりとしたものだったとか。(※8)
まさに「私の背中を見なさい」そのもののプレーだったと思います。

●なでしこがピッチで喜びを爆発させていたとき。満面の喜びを浮かべる澤に米国のエース、ワンバックが近づき、そっと抱きしめささやいた。「Ⅰam Proud of you.」。
これに対する澤選手の述懐は「一度も負けたことながなかった私たちに敗れ、悔しさは沸点に達していたと思います。でも、私はあなたを誇りに思うと言ってくれた。試合は勝ったけど、私はワンバックに人として負けた。だから米国との本当の勝負は、来年のロンドン五輪と考えています。」だそうです。(※8)そのロンドン五輪出場が決まり楽しみが増えました。33歳になった澤選手、ますます頑張ってください。

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2011年9月10日 (土)

『なでしこジャパン』に学ぶ、6通りのコーチングスタイル①

サッカーファンの皆さん、なでしこジャパンのオリンピック出場おめでとうございます。W杯の世界チャンピオンですから、予選通過は当然といえるのかもしれませが、グランド状態が悪い上に、夏期の過密日程、選手の皆さんはさぞかし大変だったことだろうと思います。本当にお疲れ様でした。
この立て続けの快挙は、選手の頑張りもさることながら佐々木監督以下コーチ陣の卓越した指導力、そして監督・コーチから選手へ、先輩から後輩への的確なコーチングに支えられた点も大きいように思います。そこで、今回から3回、なでしこジャパンを素材として、コーチングについて考えてみることにしました。

1500年代にボキャブラリーとして登場したコーチ(coach)の意味は「馬車」
なでしこジャパンの佐々木則夫監督がW杯優勝後、「選手は僕のクライアント。僕は選手という乗客を乗せた馬車となって、目的地まで届けることに力を尽くした」と発言されました。この「馬車」こそがコーチングの原点なのです。Jリーグの監督になるには、S級ライセンス(佐々木監督は1998年取得)保持者でなければなれないそうですが、欧米式のコーチング理論を身に付けた卓越した指導者がいたからこその、快挙といえるのではないでしょうか。

〝なでしこ〟を支えた「コーチング力」をシーン別に取り上げるとどうなるか
野田総理の誕生で一段と脚光を集める松下政経塾ご出身で、コーチングの普及を目指されている本間正人氏に『入門 ビジネス・コーチング』(PHP研究所※1)があり、この中にコーチングとその周辺概念を取り上げた「コーチングの概念整理」があります。今回、なでしこジャパン活躍の背景を探るには、とてもわかりやすい例と考えましたので、
この概念「コーチングと関連手法(カウンセリング・コンサルティング・アドバイジング・ティーチング・メンタリング・マネージグ)」に沿って、山本流のコーチング論を展開してみます。
なお、コーチングと関連手法の対比がさらに分かりやすいように、『入門 ビジネス・コーチング』より【共通点】と【相違点】を転載し、理解の一助といたします。

「コーチングVSカウンセリング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】聴く力が大切。質問により相手から答えを引き出す
【相違点】カウンセリングは「過去に向かってwhy」コーチングは「未来に向かってhow」
予言されていた!? ドイツ戦での丸山桂里奈選手の劇的ゴール(※2)
編集者:試合後には「山郷(のぞみ)さんと練習した形」といっていました。
丸山:「シュート練習でも紅白戦でも、右サイドからのシュートは全部山郷さんに止められていたんですよ。それで練習後に『何で止められるんですか?』って聞いたら、『わたしは桂里奈のクセとかわかっているから』って。
『でも試合では、相手のキーパーは桂里奈のことを知らないんだから、止められるとか考えずに自分のタイミングで打てば絶対に入るからね』と言ってくれました。だからこそ、迷わずに自分の感覚を信じて打てたんだと思います」。

シュートに自信を失っていた丸山選手に対し、的確なカウンセリング的コーチングをした山郷のぞみ選手のコメント(※3)。
「(ドイツ戦のゴール)あれは彼女にしか打てないシュートです。大会期間中はサブ組のシュートをよく受けていたんですが、桂里奈は独特のタイミングで打つんです。キックもインステップかインサイドか分からないような感じなので、(中略)『それは絶対に試合で通用するから』と言いました」。
ビジネス・コーチングは現場を知らないとできないといわれますが、この事例がそれを物語ってくれています。

「コーチングVSコンサルティング」この両方に共通点のあるシーンから
【共通点】相手に情報提供し、行動指針を示す
【相違点】コンサルティングは「専門分野に限定」コーチングは「普遍的な技能」
澤穂希選手「苦しいときには私の背中を見なさい!」(※4)
「優勝できたのは、中堅世代の選手たちのお陰だと思います。北京五輪のときもいいチームでしたが、あの頃に若手と呼ばれていた選手たちが成長して、凄く頼もしくなりました。宮間や大野、近賀、矢野(喬子)などが、若い世代を引っ張ってくれ、さらに私たちベテランの背中を押してくれました。彼女たちはピッチの中でも外でも、凄く頼もしい。なでしこジャパンは今までと何が変わったかと問われれば、そこだと思います」
この記事はその後に「その中堅たちは、澤に『苦しいときは私の背中を見なさい』と言われ、心身ともに逞しくなった選手たちだ。」と続きます。

●感動が大きくて、書き始めると止まらない感じです。今回は、「コーチングVSカウンセリング」を取り上げましたが、澤選手のように、後輩に自分の背中(情報)を示し、後についてくれば強くなれるのだとの〝行動指針〟を与えるコンサルティング的コーチングの出来るリーダーはそうそういません。
次回以降も、山本が感じたそれぞれのコーチングシーンを紹介してまいります。なお、毎回記載している参考文献・資料については、まとめて3回目に掲載します。

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2011年9月 3日 (土)

周辺言語④ 日本語の特徴と〝訛り〟について

今回は、去る4月9日に亡くなった井上ひさし氏へのオマージュとして、氏の最新刊『日本語教室(2011年3月刊)』から、日本語の音節に関して語られているところから入り、最後は周辺言語では欠かせない〝訛り〟について日米の事例に触れ、(私にとっては)難解な周辺言語シリーズを終了することにいたします。

哀悼! 井上ひさし氏 著書『日本語教室』(※1)より
「日本語の音節の数は、114から116くらいです。英語はもう数え切れないくらいあって、3万とも4万とも無限ともいわれているようです。北京語、中国語は400くらい。もし日本語にCVC、つまり子音で終わる音節があったら、理論的には1125の音節があることになります。そうなっていたらよかったのにと思わないでもありません。同音異義語が少なくなりますからね。まあ、駄洒落の楽しみは減るでしょうけど」

●『日本語教室』は井上ひさし氏の講演録をまとめたものですが、氏が語られているように、同音異義語の多い日本語はコミュニケーション上不都合の生じやすい言語です。それでも支障なく会話ができているのは、研修シリーズ第69回で紹介した唐津一氏の説を借りると、「非言語を含めムダ話を会話に織り込むことで、考える時間を稼ぎ、その間に相手の言葉を正しく理解する」からなのでしょうか。

アメリカ人は、地方別の訛りで格付けされているってホント!?
マジョリー・ヴァーカスは『非言語コミュニケーション』の「9つの非言語メディア」の【周辺言語】で、〝訛りのハンディキャップ〟について次のように書いています。
「アメリカ国内での地方訛りは、外国語訛りほどには聞き手の話し手に対する価値判断を低下させないようだ。しかしニューヨーク訛りの強い話し手は、間のびした南部訛りの話し手に比べて、よりダイナミックだが社交性はより低いと評価された。さらに中西部訛りの話し手は、南部やニュー・イングランド地方の訛りを持つ話し手と比べて、より有能かつ信頼できると格付けされたのである。つまり訛りを識別することが、アメリカの地方別の共有固定概念を明らかに助長しているのだ。」(※2)

訛り〟といえば、第一に想起されるのが、松本清張氏の『砂の器』です
このアメリカの地方別訛りによる格付け説を見ると、標準語と関西弁の関係が思い起こされますが、関西出身者が少しもハンディキャップを感じていないのは、日本文化の誇りでしょうか、それとも・・・。これ以上は、差しさわりがあってもいけませんので話題を変えます。この訛りについて考えるとき、私が、まず一番に思い出すのは、映画・テレビでも何回も作品化されている松本清張氏の名作『砂の器』(※3)です。

次第に追い詰められていく天才ピアニスト・・・何だかドキドキしますね
「カメダは今も相変わらずでしょうね?」
被害者の連れは、被害者にそう東北訛で聞いた、とバーの女給の一人が話した。その二人はしきりと「カメダ」という名前を話題にしていたのである。
この「カメダ」が、今西刑事たちの血の滲むような努力によって、「出雲の音韻が東北方言のものに酷似していることは古来有名である」との文献に出会い、島根県の地図で宍道駅からの支線(木次線)の10番目に「亀嵩(かめだか)駅」があることを発見。ここから難航していた殺人事件が劇的展開を見せることに・・・。

●この稿を書くために、久しぶりに『砂の器』を手に取ったら、止まらなくなってしまい困りました。2回前に取り上げた『ミステリー傑作選』も多分に影響しているのかもしれません。さて、気を取り直して、このシリーズのまとめに入ります。最後は、やはりミステリーから横溝正史氏の「金田一耕助ファイル」シリーズからと行きたいところですが、金田一違いで、国文学者の金田一春彦先生のご登場です。皆さん、国語辞書で大変お世話になっていますから、懐かしい感じがするのでは・・・。

金田一春彦氏の〝訛り〟の解読率は、名探偵の金田一さんもビックリ!
金田一春彦先生のご見識に触れることで、このシリーズを終了といたします。
「誘拐事件で犯人の声のテープが公開されると必ずマスコミが取材に来るが、一番苦労することは準備の時間がないこと。テープを聞かされてすぐその場で回答しなければいけないので、口頭試問と同じだ。さいわい、今まで犯人が検挙されてみると、的中率はほぼ90%。100%にならないのは、グリコ誘拐事件の犯人はまだ捕まっていないので、的中したかどうか分からない。しかし出身地についてはほぼ図星だろうと信じている。」(※4)

●専門家恐るべしですね。声については、出身地の他に、体型は肥満型と痩せ型についてはよく当るそうです。身近な似た体型の人からの類推との見方もあるようですが、体型の気になる方(残念ながら私もそのうちの一人)は、気をつけましょう。そして、もっと恐ろしいのが、育ちが分かってしまうらしいということ。体型は努力で改善余地がありますが、育ちばかりは変更が効かないですから、きびしいですね。

※1:『日本語教室』(井上ひさし著/新潮社)
※2:『非言語コミュニケーション』(マジョリー・F・ヴァーガス著/新潮社)
※3:『砂の器』(松本清張著/新潮社) 
※4:『日本語は 京の秋空』(金田一春彦著/小池書院)

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