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2014年2月 6日 (木)

運命の出会いが城下町の町屋を救った 「町屋の人形さま巡り」(1)

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新潟県村上市の「町屋の人形さま巡り」が2000年に地域活性化大賞ベストオブベスト受賞の際、審査員の講評にあった3つの受賞理由が印象的でした。それは「あるものを生かしたこと、35万円という驚くほどの低コストで行ったこと、そしてある一人の男がスーパーマン的な働きをしてたった一人から起こしたこと」でした。

受賞理由その1「あるものをいかしたこと」とは・・・(※1)
「町屋の人形さま巡り」は発想に優れたイベントだ。歴史と伝統のある城下町の町屋(商人街)は間口が狭く、奥行きがあり、箱階段などが残り、建物自体が珍しいうえ、各家には先祖伝来のひな人形、武者人形などが秘蔵されている。この資源を生かし、各店の協力でお客に公開しようというもの。

受賞理由その2「35万円という驚くほどの低コスト」とは・・・
1か月の会期にかけた費用は参加60店の見どころを紹介した手作りマップ製作費(35万円)だけ。それでいて会期中に県内外から1日千人の来訪者があったという。(中略)商店街にとって至難の集客も「やればできる」という見通しがついた。ぜひ、一回だけのイベントに終わらせず、県北に春を告げる恒例の行事に育ててほしい。

受賞理由その3「ある一人の男がスーパーマン的な働きをして」とは・・・
忘れてならないのは吉川さんの努力。このアイデアを考えつくや、一店一店を回り、趣旨を説明して説得し、自分でマップを作った。奥さんの理解と協力も見逃せない。(中略)市民が自ら立ち上がり、自ら汗を流し地域おこしをしかけた。(中略)公開に応じた店主の心意気も尊いが「地域おこしは一人からでもできる」ことを示した。

ある運命の出会いが、地元に距離を置いていた吉川さんを奮い立たせた(※2)
伝統的な鮭の製造加工販売会社の跡取りの吉川氏が、東京の百貨店の催しに出店したとき全国町並み保存連盟会長の五十嵐大祐氏と出会う。吉川氏が地元に道路拡幅が迫っていることを話すと、みるみる五十嵐氏の顔色が変わり、「近代化しては取り返しのつかないことになる。あなたが行ってこれをやめさせなさい」と言われた。

村上は城下町の伝統的な古き趣を生かしてこそ活性化できるはず
「村上が素晴らしいのは城下町を構成する武家町と町人町の両方が残っているからだ。これは全国的にも珍しい。この一方の町人町を近代化するということは、町屋がこわされ城下町としての価値を失うことになる。また商店街にとっても道幅を広げて栄えた町は全国どこにもない。拡幅による衰退、これが全国の商店街の現状だ」。

※1:『日本経済新聞』(2000年4月28日付 新潟版コラム「展望台」)
※2:『町屋と人形さまの町おこし』(吉川美貴著/学芸出版社)

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