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2014年11月20日 (木)

富士山「世界文化遺産」登録に関する3つの視点 「察しの文化」(7)

国連教育科学文化機関(ユネスコ)は2013年6月26日、カンボジアの首都プノンペンで開催した世界遺産委員会で、日本政府が推薦した「富士山」(山梨、静岡両県)を世界 文化遺産に登録しました。この壮挙に対して、日本人の3つの視点を見逃してはならないと指摘する識者(前文化庁長官の近藤誠一氏)がいらっしゃいます。

(1)富士山を「自然遺産」ではなく「文化遺産」にした“日本的感性”
富士山は山ですから、普通なら自然が美しいとか、地質学的に珍しくて価値があるなどの理由で自然遺産として登録されるのに、なんと世界文化遺産として登録が認められました。日本人の持つ豊かな季節感や、生活と結びついた自然感、そして細やかな美意識と感性が国際的に高く評価されたためなのだそうです。

(2)白黒をはっきりさせない“曖昧さを再評価”すべき
近藤氏は、日本人の持っている〈白黒をはっきりさせないで曖昧なままに飲み込む能力〉を再評価すべきだとおっしゃっています。「YES」「NO」が不明瞭な日本人の意思表示は、グローバル社会ではマイナスとの評価が一般的なようですが、正解が分かりずらい世の中では、日本人のこの感覚が大事なのだと、次のように語られています。

「アメリカなどでは好きか嫌いか、善か悪かという発想が強い。ハリウッド映画を見ていても善悪がはっきりしていますが、日本の文楽や能を見ていると違います。みんなが義理と人情の狭間で、正解がない問題に苦労しています。現実には白黒、善悪で割り切れないことがあるという感覚が日本の文化、芸術に表れていると思います」

(3)見えないもの“空白に意味を認める”感性
日本人が取り戻すべき世界に誇れる資質として、近藤氏があげられている第三の点は空白に意義を認める感性です。欧米は科学で説明できる、あるいは目に見えて、手で触れるものしかなかなか評価しない。例えば、墨絵の余白には何も描かれていませんから、欧米人から見れば書き残しに見えるかもしれません。

物理的に離れているという理由から初めは分離除外されていた三保の松原は、文化的には一体で、日本人の心の中では両者は目に見えない糸で繋がっているのだという主張が通り、富士山の一部と認められました。こうした感覚への理解が進めば、今日の文明の行き詰まりを打開するために、日本が貢献できる可能性もあるとのお考えです。

※参考文献『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』(鈴木孝夫著/新潮社)

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