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2015年1月

2015年1月29日 (木)

なぜ私たちはいつも時間がないと感じるのか?(後編) 美しいセオリー(2)

(前編の学部生128人に対する調査結果を踏まえて。なお太字は山本判断)
学生たちに裕福だと感じさせるだけで、本当に裕福な人々が述べているのと同じ、時間がないという感覚を持たせることができたのだ。他の方法を用いて、研究者たちは、時間の経済的価値を増大させると、時間が足りないという感覚も増大させることができることを確認した。

時間が足りないという感覚が、時間が非常に価値の高いものだという感覚の一部であるならば、この時間がないという感覚を減らす最良の方法の一つは、時間を無駄にすることだろう。実際、新しい研究によると、他者を助けるために時間を使うと、時間が足りないという感覚が減るらしい。

ホーム・デポのような会社は、従業員に、他者を助けるボランティア活動に使う時間を与えることによって、時間に追われているという感覚と燃え尽き症候群を潜在的に減らそうとしている。そして、グーグルは、従業員たちに、それがお金になるかどうかに関係なく、自分の時間の20%をペットと過ごすことに費やすように勧めている。

これらの試みのいくつかは、Gメールのように、経済的な産物を実際に生み出してもいるが、こういった試みの最大の価値は、時間が足りないという従業員達の感覚を減らすところにあるだろう。

デヴォーとフェイファー(プロフィールは前回参照)の研究は、重要な文化的トレンドを説明する役に立っている。この50年ほどで、北アメリカでは、1週間の就業時間はほぼ横ばいで、1週間のレジャーの時間はどんどん増えてきたにもかかわらず、時間が足りないとうい感覚が劇的に増加してきた。

この一見したところ逆説的な結果は、この同じ50年間に、収入も劇的に増加したことと、おおいに関係があるだろう。この因果関係は、東京やトロントのような高収入の都市では、なぜ、ナイロビやジャカルタのような都市でよりも、人々が早足で歩くのかをも説明するかもしれない。

そして、個人のレベルでは、この説明は、人生で収入が増えるとともに、どんどん時間が足りないと思われるようになることを示唆している。

本稿筆者:エリザベス・ダン(社会心理学者、ブリティッシュ・コロンビア大学)
出典:『知のトップランナー149人の美しいセオリー』(青土社)

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2015年1月25日 (日)

なぜ私たちはいつも時間がないと感じるのか?(前編) 美しいセオリー(1)

打合せ帰りに寄った書店で、なぜかしら『知のトップランナー149人の美しいセオリー』が目に飛び込んできました。時間がなく、また重たい感じもして買わずに出ましたが、翌週、広尾の都立中央図書館に出向いたら新書コーナーに同書がありました。縁を感じ目を通すと珠玉のセオリーが目白押し。今回からその一部を紹介いたします。

米国の2人の研究者が高名な心理学者を納得させる研究を発表した
なぜ私たちはいつも時間がないと感じるのか? この不可思議な現象に対する一つの美しい説明が、最近、トロント大学のS・デヴォーとスタンフォード大学のJ・フェイファーによって提出された。彼らは、時間がますますお金に結びつくようになってきた結果、時間がますます足りないと思われるようになったと論じている。

希少さと価値は不可分の双子だと認識されている。ダイアモンドから飲み水まで、資源が希少になったと思われるや、その価値は上がり、逆もまた真である。そこで、私たちの時間がより貴重なものになるほどに、それを少ししか持っていないような気になるのだ。

世界中での調査結果は、収入が高い人々ほど、時間が足りないと感じていることを示している。これには、高収入の人々は一般に長時間働いているので自由な時間が足りないなど、他の妥当な理由も、もちろんあるだろう。

デヴォーとフェイファーは、しかし、自分が高収入であると思うだけで、時間に追われているという感覚を引き起こすのに十分なのではないかと論じている。これまでに行われた相関だけの分析を超えて、彼らは、この因果的説明を検証する、コントロールされた実験を行ったのだ。

彼らは、128人の学部生に、銀行に預けてあるお金の総額を尋ねた。すべての学生は、この質問に対して11点のスケールのどこかで回答したのだが、半分の学生には、50ドル刻みで、0~50ドルという点から500ドル以上という点まで設定したのに対し、他の半分の学生には、0~500ドルという点から40万ドル以上という点まで設定した。

50ドル刻みでのスケールを使った学生たちの大半は、一番上の近くに○をつけたので、自分たちが比較的裕福であるという感覚を抱いた。そして、この一見したところ些細な操作が、彼らを、時間に追われており、ストレスが大きいと感じさせることになったのである。(以下次号に続く。なお文中太字部分は山本判断による)

本稿筆者:エリザベス・ダン(社会心理学者、ブリティッシュ・コロンビア大学)
出典:『知のトップランナー149人の美しいセオリー』(青土社)

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2015年1月22日 (木)

5W1Hで「聴く力」 黒柳徹子さんのこと(5)

会話が進んで、さらに相手の事情を知りたい場合、有効な質問法があると『プレゼンテーションの技術※』の著者は書いています。「なるほど、で5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)」がそれです。「間」を外さず、「なるほど」「まさか」などの後に、5W1Hを状況に合わせて挿入すると会話がスムーズに進行します。

『徹子の部屋2』(黒柳徹子著)から、遠藤周作氏との対談でこれを扱っている場面を引用させていただきます(カッコ内およびアンダーラインは参考文献著者記入)。

徹子 でも、また『好奇心のかたまりだ』っていう本を出して…。
遠藤 ええ。ですから、何かがあると、すぐ飛んで行くんですよ。
徹子 面白そうなことがあると?(中略)

遠藤「だから高知で、たとえば少年たちが空飛ぶ円盤を拾ったっていうと、わたし、私費を出してでも飛んで行きますからね」
徹子「いらっしゃったんですか」(支持+明確化)
遠藤「はいはい。その少年たちに会いに」
徹子「で、どうでした?」
遠藤「彼らは拾って、風呂敷の中に入れて、バケツの中に入れてんですよね。20人くらいの少年たちと会いましたけど」
徹子「で、その、ものはごらんになりました?」
遠藤「いや、それが、風呂敷に入れて部屋ん中に置いとくと、忽然として消えることが3回」
徹子「(なるほど、で)それはかけら? それともそのものなんですか?」
遠藤「いや、ちっちゃな円盤ですよ、云々・・・・・」

なるほど、で+いつ? どこで? 誰が? 何を? なぜ? どのように? と短く投げかける言葉は、さらにその質問の回答を要求する作用をしているのがよくわかります。黒柳さんは感覚で使い分けていらっしゃるのでしょうが、参考文献の著者が指摘する通りの「質問法」を実践されているのが、本当にすごいですね。

※参考文献には 遠藤「だから高知で、…」からしか記載されておりませんでしたが、お話の輪郭を理解いただくために、ブログ筆者が上段の3行をつけ加えています。

※:『プレゼンテーション技術』(森田琢夫著/井上書院)

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2015年1月18日 (日)

小学1年生のトットちゃんが学んだ傾聴 黒柳徹子さんのこと(4)

お正月明けの8日に黒柳さんのことを書きはじめたら、その翌日の朝日新聞朝刊に彼女が大きく取り上げられました。そして前回の柏木由紀子さんの原稿を書き上げた翌日(10日)、今度は柏木さんが朝日夕刊に登場です。何か運命的なものを感じて、本当に久しぶりに『窓ぎわのトットちゃん』を読み返してみました。

対談楽しむ私はトットちゃん(2014年1月9日朝日朝刊「人間力を学ぶ」より)
人間は素晴しいもの、優しいものを持っている。それを引き出したい。「番組を見て嫌いだった俳優さんが好きになった」と聞くとうれしくなります。そもそも私自身がマイナスの多い人間でね。小学1年で退学になったような子ですから。(中略)転校先の旧制小学校「トモエ学園」で小林宗作校長に会わなければどうなっていたか。

小林先生にはとにかく話を聞いていただきました。初対面の日なんて4時間ですよ! 6歳のとりとめのないおしゃべりを、よく聞いて下さったと思います。(中略)だから私、校長先生に「見てください」と言いたいんです。「あなたに教育を受けた私は今、人の話を聞いていますよ。あんなに人の話を聞かなかった私が」って。

参考までに、トットちゃんの退学理由は…(『窓ぎわのトットちゃん※』より)
ママはトットちゃんの担任の先生に呼ばれて、はっきり、こういわれた。
「おたくのお嬢さんがいると、クラス中の迷惑になります。よその学校にお連れください!」。若くて美しい女の先生は、ため息をつきながら、繰り返した。
「本当に困っているんです!」

「まず、授業中に、机のフタを、百ぺんくらい、開けたり閉めたりするんです。そこで私が、『用事がないのに、開けたり閉めたりしてはいけません』と申しますと、おたくのお嬢さんは、ノートから、筆箱、教科書、全部を机の中にしまって、ひとつひとつ取り出すんです。たとえば書き取りをすると、「ア」だけ書いて鉛筆をしまい…。

「よく注意しますから」とママは言った。ところが、先生は、それまでの調子より声をもう少し高くして、こういった。「それだけなら、よろしいんですけど!」
「机で音を立てないな、と思うと、今度は、授業中、教室の窓のところ立っているんです。ずーっと! それもチンドン屋さんを呼ぶ込むために」

昨日は、窓ぎわで大きな声でいきなり「ねえ、なにしているの?」を続ける。誰に話しかけているかと思えば、教室の屋根の下に巣をつくっているつばめにですよ!」
それから、こんなことも・・・と続くのでした。トットちゃんケタ外れの凄さですね。
(注)スペースの関係で短くまとめていることを、お断りいたします。

※:『窓ぎわのトツトチャン』(黒柳徹子著/講談社)

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2015年1月15日 (木)

“相づち”“沈黙”による「聴く力」 黒柳徹子さんのこと(3)

本ブログは“相づち”について幾度となく取り上げています。2010年11月13日の「相づちは魔法のツール」(5例)と、2014年11月9日の「察しの文化(5)」(10例)が代表例でしょうか。それほどコミュニケーションの場で大切な“相づち”や“沈黙”を、見事なまでに使いこなす黒柳さんの対話力の神髄に少し触れてみます。

人望のある人の共通点は“相づち”の打ち方がうまい!(※1)
話し方の本には「ここで相づちを打つと話がはずむ」などと書いてあったりしますが、相づちのタイミングばかり計っていると、相手の話はしっかり聞けません。本当の相づちはおのずと出るものです。聞き上手になるための第一は、本当の相づちが打てるように熱心に聞くことです。それはまた人望のある人の共通点ではないでしょうか。

トーク番組「徹子の部屋」で黒柳さんはしばしばこんな声をはさみます
「ほおー」「まぁー」「そぉー」長く引く感嘆調の相づちを惜しまないので、ゲストは気をよくして大いにしゃべります。一般的な相づちに「ふんふん、わかった」という感じのものがありますが、人望のある人の場合は黒柳さんのように息を引く「ふうーん」と相手の言葉を受け入れている感じがともないます。

「なるほど」「たしかに」「…ですね」などのような『わかった』という相づちも悪くないのですが、上出の「ほおー」「まぁー」「そぉー」のような『わかるような気がします』と言う方が、「あなたの話をちゃんと聞いていますよ」というメッセージを含むことになるのではないでしょうか。

坂本九氏未亡人・柏木由紀子さんが事故の10年後「徹子の部屋」で語ったこと(※2)
「上を向いて歩こう」のヒットで知られる坂本九氏が日航機墜落事故で亡くなったとき、柏木さんはつらくてつらくて、この気持ちを誰かに話したくてしょうがなくなり、時もわきまえずに真夜中に電話しました。闇の中を虚しく響くベルの音、受話器を置こうとした矢先、「もしもし」と優しい声で答えてくれたのが黒柳徹子さんでした。

堰を切ったように今の思いを何時間も話しました。このとき徹子さんは、ただ「ウンウンわかるワ」といってずっとただ聞いてくれたそうです。
柏木さんは、「あの時私はどれだけ救われたことか」と、熱い涙でお礼を述べていました。聞いてあげることは、簡単なようでとても難しいことなのです。

(※1):『なぜあの人は人望を集めるのか』
(※2):『笑いの研究』(井上宏&織田正吉&昇幹夫共著/日本実業出版)

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2015年1月11日 (日)

謙虚さによる「知識を吸収する力」 黒柳徹子さんのこと(2)

以前観たことのある『世界ふしぎ発見!』では、黒柳さんの正解率が際立っていました。あまりの博学ぶりに、事前に問題をご存じではないかと錯覚するほどでした。しかし、番組をゼロから立ち上げたプロデューサー的役割と司会者を兼ねた草野仁氏の『話す力』を読んで、その理由がよくわかりました。

草野氏は、『世界ふしぎ発見!』のレギュラーにユニークな人をと考えた
草野氏は、番組の目玉になるレギュラーには、他のクイズ番組には出ていないユニークな方を据えたいと考えていました。調べてみると、信じられないくらい思いがけない人が候補に挙がったのです。それが黒柳さんでした。軽妙洒脱、当意即妙、どう見てもクイズ番組にはぴったりと思われるキャラクターなのになぜ?

黒柳さんがクイズ番組に出なかった理由
黒柳さんは「これまでさまざまな活動をしてきたが、歴史や地理などの知識が薄い分野もある。それが露見すると恥ずかしいからクイズ番組には出ないと決めている」とのことでした。ご本人にとって言いづらいであろうこの理由を語らせたのは、草野氏の著書のタイトルの通り「話す力」があったのと、そのお人柄なのでしょう。

草野氏の粘り強い交渉の結果“光明”が・・・
再交渉に訪れた草野氏に、黒柳さんはこんな言葉で語りかけました。「あれから1週間、自分がこれまで蓄えてきた知識について検証してみました。その結果、『このまま黒柳徹子という人間の人生を終わらせてはいけない。勉強するいいチャンスだ』との結論に達した」と。しかし、番組に出演するにはひとつだけ条件があるとも・・・。

「1週間前にテーマを教えてほしい」
その条件とは。「1週間前に次の収録のテーマを教えてほしい」ということでした。質の高い真面目な番組を構想していただけに想定外の申し出でしたが、草野氏は番組関係者と相談しました。その結果出演者全員に、収録1週間前に「古代ヨーロッパ」などの次回の大まかなテーマを伝えるようにすることで問題を解決しました。

断トツ正解率の背景にある圧倒的な読書量(1週間で16冊のときも)
以来、黒柳さんは1週間前にテーマを伝えられると、図書館で資料を探し、あるいは事務所のスタッフに頼んで書店で関連本を探してもらったりして、平均して毎週5、6冊の本を読んだそうです。「音楽家をテーマにします」と伝えられたときには、1週間に16冊もモーツアルト関連の本を読んだといいます。

参考文献:『話す力』(草野仁著/小学館)

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2015年1月 8日 (木)

豊かな感性による「話を紡ぐ力」  黒柳徹子さんのこと(1)

時間が不規則な仕事柄あまりTVを見ることがないので、紅白歌合戦で久し振りに黒柳徹子さんを拝見しました。人の心を掴んで外さないあの当意即妙さは、研修講師の多いなる研究テーマでもあります。そこで今回から、これまでピックアップしておいた材料から黒柳徹子さんのパフォーマンス力の源泉に迫ってみたいと思います。

草野仁さんが『世界ふしぎ発見!』のイントロケで、ニューデリーからタージマハルまで片道5時間半ほどバスに乗ったとき、彼の1列前に黒柳さんが座わっていました。彼女はその間、隣の付き人の女性を相手にずっと話しをしていました。その内容は、まるで連想ゲームのように、縦横無尽だったそうです。

日本から持参したおまんじゅうをほお張りながら
「やっぱり、おまんじゅうは絶対、粒あんね」
あんこは、十勝でとれた小豆が最高ね……」
十勝といえば、あそこは梅雨がなくて緯度が高いから、日照時間の長さが全国でもトップクラスなんですって。(中略)そのうち十勝は日本の食糧供給基地に……」

十勝って帯広が中心だけど、帯広っていえば、なんたって豚丼よね……」
帯広っていえば、池田町のワインも有名よね。私はアルコールはダメだけど……」
池田町で思い出したけど、冬のオリンピックで話題になったカーリング。池田町って日本のカーリング発祥の地らしいわよ……」(*これには諸説あり:山本注)

「氷っていえば、冬に池田町に行ったとき、近くに然別湖っていう湖があって、凍結した湖の上に氷上露天温泉がつくられていたの。私は入れなかったけど……」
然別湖には熱気球があってそれに乗ったの。ロープで何十mの高さに固定してあるんだけど、そこから見た広大な景色、素晴らしかったのよ……」(延々と続く)

●読者はすでにお気づきと思いますが、黒柳さんのお話のすべてが、前のお話のなかに出てくる固有名詞(太字)から始まる話題でつながっています。一箇所だけ「カーリング」から「氷っていえば」に飛躍しますが、イメージは完全につながっています。ここは同じ池田町の話題なので端折ったのかもしれませんね。

●物語がプレゼンテーションでは大事です。データ中心のプレゼンは、その場では説得力を持ちますが記憶には残りづらいからです。その点、私たちが子どもの頃に読んだおとぎ話や童話はいつまでも記憶から失われることはありません。プレゼンに役立つ物語の紡ぎ方のヒントが、黒柳さんのおしゃべりの中にあるように思われます。

参考文献:『話す力』(草野仁著/小学館)

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2015年1月 4日 (日)

白州正子氏に学ぶ「智慧というもの」(2)

水車の話に続いて、白州正子氏の聯想は次の禅問答に展開します。とてもよいお話なのですが長いので途中割愛し、筆者に思いのある「人生は重荷をおいて遠き道を行くが如し」の記述に飛び、最後は「人間を知る…」で結びます。なお、文中に不穏当な文言が含まれますが、原文を尊重しそのまま記載したことをお断りいたします。

道元という偉い禅僧は永平寺をおこした人ですが、その人が支那に渡った時、宋の禅林において、ある一つの教えを受けました。ある日、書物を開いて勉強していますと、先輩が来て聞きました。
「語録を見て何にするのか?」
「古人のしたことを知ろうとするのです」
「何の為に?」
「日本に帰って人を導く為に」
「何の為に?」
「救うために、です」
「つまるところ、何の為に?」
禅の問答なんてものは、我々とはおよそ縁の遠い、わけのわからない物ですけれど、いつでも、何かしら人の心の底の底をつく様な、いわゆる肺腑の言といった様な物を感じます。
「つまるところ何の為に?」
私には解りません。しかし、この答えがもし言えたとしたら、更についで、「何の為に?」と聞かれるに違いありません。たとえ自分一人を相手に物を考えるにしても、其処まで問いつめなくては、まったく「何の為に」しているのか解らなくなります。(中略)

「人生は重荷をおいて遠き道を行くが如し」
故人のこの言葉は、おそかれ早かれ身にしみて知らねばなりますまい。が、重荷とはそもそも何でしょう。ある人にとって、それは苦労という形をとるかも知れません。ある人には病気、又ある人には仕事。しかし又ある人には幸福というもの、はては才能に至るまで、重荷にならないとも限らないのです。

人間を知るということは、ある意味で幸福なことでありましょうが、同時に、不幸でもあるようです。知れば知るほど解らなくなる、知れば知るほど、善も悪も、はてしもなく大きく、深く、とめどもなくなってゆきます。もし、ほんとうに真から底から幸福をお望みなら、必ずそれはあなたのものになるでしょう。
しかし、同時に、不幸もしょいこむだけの覚悟がなければ、そんな望みは捨ておしまいになるがよろしい。

参考文献:『白州正子全集(第一巻)』(白州正子著/新潮社)

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2015年1月 1日 (木)

白州正子氏に学ぶ「智慧というもの」(1)

「襟を正して新しい年の第一歩を踏み出そうとするとき、凛としたその姿勢、生きざまに少しでも近づきたいとの思いがあるからでしょうか、年明けには必ず白州正子さんに思いを馳せます」と前年1月5日に書きました。その内容は「新年」と「初心忘るべからず」でしたが、本年は「智慧というもの」についてです。

智慧は、百科事典の中に決して発見出来る物ではありません
仏様には光背というものがありますが、智慧もその様に、身からあふれて外にほとばしる光ともいうべき後光のようなものであって、それ等はすべて頭脳明晰とか利巧とかいう事と、何の関係もないものです。それにつき面白い話をおもいだします。それはトルストイの書いたものの中にあるお話です。

「昔ある所に一人の男が居て、その者は機械についての知識は皆無であったが、水車を動かすことが非常に上手だったので幸せに暮らしていた。ある日ふとした事から構造に不審を抱いて、その回転する理由を考え始めた。
その結果、水車の構造のことは全部わかって、更に『水車を知るにはまず河水を、よく粉をつくるには先ず水を』と云って、水流、並びに河水に至るまでの研究をことごとくしつくし、尚もその考察に没頭した。しかし、その時分にはこの男はとっくの昔に、水車のことなど忘れてしまっていた」

水車を動かすものが智慧であって、水車の構造及び水流その他は知識
智慧は総合力であり、知識は分析的であるとも云えます。この男の目指した所は、どこまでも真面目であり、熱心であり、自分の仕事に忠実でもあります。その点、文句をさしはさむ一つの余地もありません。それにも関わらず水車は動かないのです。

よい粉はおろか、悪い粉の一粒も製造していないのです。これでは何になりましょう。しかし、よくよく思えば、私達もこの男の様に、物がわり切れ、理解出来ることの快感に、ともすれば、水車の存在という、根本的なものを忘れがちではないでしょうか。

水車の男が機械とか水流とかの研究をして知識を得た、極くあたりまえの常識では、それを進歩と名づけます。たとえば人の生活程度が高くなったり、お台所が電化したり、一般的に文化の水準が高くなったりそういう事をもって進歩とし、又幸福であるとするのは、普通の考え方です。誰も異存はありますまい。

しかし、此処において、人間の人間たる所以が猛然と頭をもたげます、成程生活程度は高くなった、が、「人間」という物が果たして進歩したか、しないか。その疑問は、少し考えてみるならば必ずおこって来るべきです。

参考文献:『白州正子全集(第一巻)』(白州正子著/新潮社)

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