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2015年6月

2015年6月29日 (月)

「何のための英語入試改革」について益川教授(ノーベル 賞学者)が語る 2015年6月28日 木の葉ブログ500回特集「文明と文化(2)」の補足資料

2014年11月26日付朝日新聞『耕論』の「何のための英語入試改革」は
この回のテーマについて、冒頭の囲み記事でこのように書いています。

「大学入試の英語が大きく変わるそうだ。文部科学省は「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を測る方式にかじを切ろうとしている。この改革はいったい何のためなのか。そもそも生徒たちは、どういう英語を学ぶべきか。」

この問への回答者は
双日総研社長 前経済同友会米州委員長 多田幸雄さん と
物理学者 益川敏英さん でした。
前号で取り上げたのは、お二人のうち益川敏英さんの――「読む」1技能でも研究深めた――の一部でした。参考資料として当該部分の後半を補足資料とします。

■母国語で学ぶ
ノーベル物理学賞をもらった後、招かれて旅した中国と韓国で発見がありました。彼らは、「どうやったらノーベル賞が取れるか」を真剣に考えていた。国力にそう違いはないはずの日本が次々に取るのはなぜか、と。その答えが、日本語で最先端のところまで勉強できるからではないかというのです。自国語で深く考えることができるのはすごいことだ、と。
彼らは英語のテキストに頼らざるを得ない。なまじ英語ができるから、国を出ていく研究者も後を絶たない。日本語で十分間に合うこの国はアジアでは珍しい存在なんだ、と知ったのです。(以上前出)

ちなみにノーベル賞受賞記念のスピーチも、恒例の英語ではなく日本語で済ませました。英語の字幕つきで、英語でやれと言われたら、行く気はなかったですよ。
こんな僕でも、実は英語は読めます。「読む」の1技能です。だって興味のある論文は、自分で読むより仕方がない。いちいち誰かに訳してもらえませんからね。

ただし、いんちきをします。漢字がわかる日本人なら漢文が読めるのと同じです。物理の世界だったら、基本的な英単語は知っていますから、あとは文法を調整すればわかる。行間まで読めます。小説だとちんぷんかんぷんですが。
英語は、できるに越したことはない。でも、できなくたって生きていく道はある。つまり、英語「も」大事なんです。「も」という言葉がないといけないと僕は思う。だから仮に入試で英語が0点の学生がいたとしても、それだけで門前払いするようなことだけはしないでほしいなあ。

それに将来はわかりませんよ。20年も経てば、日本語で話せばすぐに翻訳してくれる器具が間違いなくできているはずですから。
それよりも、まずは学問に本質的な興味を抱くこと。得意分野を磨くこと。その先に、やっぱり英語もできたほうがいいね、という程度の話なのではありませんか。

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2015年6月28日 (日)

どうして日本はノーベル賞学者を輩出できるのだろうか  文明と文化(2)

現存する5文明(前出)に、ロシア正教文明とラテンアメリカ文明、それにあるいはアフリカ文明を加えると、いまの世界のわれわれの目的にかなっている、とハンチントンはまとめています。さて今回は、本ブログが「文明と文化」を書くきっかけになった益川教授(2008年ノーベル物理学賞受賞)にとっては珍しい「海外体験」から。

西欧文明を母国語で取り込んだ日本(下記参考文献より、極力忠実に転載)
なぜ日本人は英語で科学をしないのか? なぜ日本人は日本語で科学するのか? 
その答えは明快だ。英語で科学する必要がないからである。私たちは、十分に日本語で科学的思考ができるからである。益川敏英博士も、朝日新聞「耕論」欄において、英語入試改革に関するコメントの中で次のような意見を表明されている。

2014年11月26日付朝日新聞「耕論」欄より
「ノーベル物理学賞をもらった後、招かれて旅した中国と韓国で発見がありました。彼らは、『どうやったらノーベル賞が取れるか』を真剣に考えていた。国力にそう違いはないはずの日本が次々に取るのはなぜか、と。その答えが、日本語で最先端のところまで勉強できるからではないか、というのです。
自国語で深く考えることができるのはすごいことだ、と。
彼らは英語のテキストに頼らざるを得ない。なまじ英語ができるから、国を出ていく研究者も後を絶たない。日本語で十分間に合うこの国はアジアでは珍しい存在なんだ、と知ったのです。」(これ以降の文章は2015年6月29日の補足資料にて)

日本人は特に150年前の江戸時代末期に、集中的に必死になって西欧文明を取り入れた。概念そのものが、それまでの日本文化に存在しないものも多かった。そこで、言葉がなければ新たに言葉を作ったりしながら、学問や文化や法律などあらゆる分野について、近代としての日本語(知識)体系を作り上げてきたのである。
そのような新しい日本語を使って、現在の日本人は、創造的な科学を展開しているのだ。だから、基本的に、英語で科学をする必要がないのである。先人に感謝しても、しすぎることはないだろう。

●21世紀に入って、ほぼ毎年のようにノーベル賞を日本の科学者が受賞してきましたが、日本語で科学することが可能な環境がその助けになっていたということなのですね。自らの文化(言語)で文明(科学)の進歩に貢献できるとしたら、それは確かに文明といえるでしょう。『文明の衝突』を読んで17年、ようやくにして納得です。

参考文献:『日本語の科学が世界を変える』(松尾義之著/筑摩書房)
参考資料:『朝日新聞』2014年11月26日「耕論」

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2015年6月26日 (金)

現存する5つの文明(中国・日本・ヒンドゥー・イスラム・ 西欧)について 2015年6月25日 木の葉ブログ500回特集 「文明と文化(1)」の補足資料

文明と文化(1)では、サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』から、現存する5つの文明(+α)について紹介しましたが、その5文明についての記述部分を補足資料とします。

中華文明:すべての学者が認めていることだが、さかのぼること少なくとも紀元前1500年に、そしておそらくはその1000年前から1つの明確な中国文明が存在していたか、あるいは2つの文明があって、西暦の最初の数世紀のあいだに片方がもう一方を継承したと考えられている。
『フォーリン・アフェアーズ』誌の論文で、私はこの文明を儒教文明と名付けた。しかし、中華文明という言葉を使うほうがもっと正確ではある。儒教は中国文明の重要な要素ではあるが、中国文明の要素は儒教だけにとどまらないし、政治的なまとまりとしての中国を超越している。
中華文明という言葉は大勢の学者によって使われてきたが、これは中国はもちろん、東南アジアなど中国以外の土地の中国人社会と共通の文化、さらにはヴェトナムや朝鮮の関連する文化を適切に表現している。

日本文明:一部の学者は日本の文化と中国の文化を極東文明という見出しでひとくくりにしている。だが、ほとんどの学者はそうせずに、日本を固有の文明として認識し、中国文明から派生して西暦100年ないし400年の時期にあらわれたと見ている。

ヒンドゥー文明:インド亜大陸には少なくとも紀元前1500年ごろから1つまたはそれ以上の文明が存在したと広く認められている。それらは一般にインド文明もしくはヒンドゥー文明と言われ、最近の文明をさす場合にはヒンドゥー文明という言葉が使われている。紀元前2000年以降、ヒンドゥー教はいろいろなかたちで亜大陸の文化の中心だった。
「宗教あるいは社会の制度にとどまらず、それはインド文明の核である」。ヒンドゥー教は近代以降もずっとその役割を担いつづけてきたが、インド自体には強固なイスラム社会や小さな文化的少数グループなどがいくつも根をおろしている。中華文明と同じように、ヒンドゥーという言葉も文明の名称をその中核国家の名称と切り離すことができ、この2つの例のようにその文明に属する文化が国を超えて広がっている場合には適切である。

イスラム文明:主要な学者はみな固有のイスラム文明の存在を認めている。西暦7世紀にアラビア半島に端を発して、イスラム教は急速に北アフリカ、イベリア半島、さらには東の中央アジア、インド亜大陸、東南アジアへと広がっていった。その結果、イスラム文明のなかには、アラビア、トルコ、ペルシャ、マレーなど数多くの異なる文化、すなわち下位文明が存在する。

西欧文明:西欧文明はふつう西暦700年ないし800年にあらわれたとされる。一般に学者たちは、そこにヨーロッパ、北アメリカ、ラテンアメリカの3つの主要な構成要素があるとみている。

+αとされる「ロシア正教文明」「ラテンアメリカ文明」「アフリカ文明(存在すると考えた場合)」については割愛しました。

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2015年6月25日 (木)

17年前の驚き!「世界の5つの文明に日本が入っていた」  文明と文化(1)

木の葉ブログは今号が500回目です。ここに至るまで、愛情溢れるアドバイスや激励、そして叱咤を頂いた皆様に感謝いたします。研修講師としての講義内容、資料、参考文献などの備忘録として書き始めましたが、今日では公共機関、企業、大学など幅広い層に閲覧頂くようになりました。精進を続け1000回を目指してまいります。

朝日新聞の2つの「耕論」が、大きなテーマに取り組むきっかけに
筆者(山本)には少々大きなテーマですが、大事な区切りを、これまで書き溜めてきたものを整理し「文明と文化」について書くことにしました。きっかけとなったのは2014年11月26日(次回掲載)と、2015年6月13日(次々回掲載)の朝日新聞「耕論」です。この2記事から「文明と文化」をまとめるヒントをいただきました。

サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』でわからなかったこと
この本の日本語訳は1998年6月刊行です。当時、訪日者の日本語習得に携わっていたこともあり、読んでみました。その中に思いもかけず、日本が世界有数の文明をもつ国なのだとの記述がありました。この小さな島国のそれが、世界的に知られた文明と肩を並べるほどのものなのか? じつは当時の筆者にはピンとこなかったのです。

『文明の衝突』(58~59頁より)
学者たちは人類の歴史の主要文明や現代社会に存在する文明の特徴について、おおむね一致した見解をもっている。しかし、歴史に存在した文明の総数という点では意見が分かれている。キグリーは歴史上明確な文明が16、ほかにおそらく8つあったと主張している。トインビーは最初は21という数を示したが、あとで23に訂正した。

シュペングラーは8大文明について述べている。マクニールは歴史を通じて9つの文明について論じている。バグビーも9大文明と判断し、日本を中国と区別し、東方正教会を西洋と区分するなら、11になるとしている。プローデルとロストファニーは現代の主要文明を7つとしている。(中略)

「むりなく意見が一致するところでは」と、
メルコは文献を検討したうえで結論をくだし、歴史的には少なくとも主要な文明が11存在し、そのうち7つはもはや存在せず(メソポタミア、エジプト、クレタ、古代ギリシャ・ローマ、ビザンティン、中央アメリカ、アンデス)、5つが現存する(中国、日本、インド、イスラム、西欧)と述べた。 (5つの現存する文明は2015626日の補足資料で詳述)。

参考文献:『文明の衝突』(サミュエル・ハンチントン著/集英社)

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2015年6月21日 (日)

成長動機と欠乏動機どちらが大切か  逆境に弱い人、強い人(4)

研修でアブラハム・マズローの「欲求5段階説」を取り上げることがあります。先日もジョン・ネズビッツとパトリシア・アバディーンの共著『サクセストレンド』に紹介されている、「働き手は仕事の何を最も大切だと考えているか」のアンケート結果を、この「欲求5段階」にあてはめて解説しましたが、とてもよい反応がありました。

成長動機とは自己実現(欲求の最上位である5段階目)への欲求
ちなみに欲求の5段階は上述の下の4段階目が「承認の欲求(または自我の欲求とも)」、3段階目が「帰属・愛の欲求」、2段階目が「安全の欲求」、1段階目が「生理的欲求」でしたね。成長動機で生きた人は、リスクを背負って生きたのですから、成功しても失敗しても満足しています。ですから、仮に失敗しても絶望することはありません。

財産も成功も手に入らなくても幸せな未来が待っていることもある
フランクルは「『成功と絶望』とは矛盾しない」と言いました。「成功すれば賞賛を得るだろうが、それで必ずしも人は幸せになれるものではない。成功で幸せになれる人は自分に絶望していない人である。成功は社会的には素晴しいことだが、社会的に素晴しいことで人は幸せになれるものではない」と。

欲求の段階の中位以下(1~3段階)が欠乏動機に該当
これに対し、欠乏動機とは、愛情欲求その他(主に3段階目)、基本的欲求(1・2段階目)を満たそうとすることです。欠乏動機で生きた人は、外側から見ると輝いて見えても、後悔していることがあります。「もし、しようと思ったことを一つでもしていたら、私の人生も違っていただろう」という悔恨などです。

2つの幸福論「トップダウン・セオリー」と「ボトムアップ・セオリー」
トップダウン・セオリーは「その人のパーソナリティーによって幸・不幸は決まる」という考え。これに対し、ボトムアップ・セオリーは「環境によって決まる」というもので、「給料が上がった」、「たまたま買った株が上がった」とか、いろいろな良いことがあると幸せを感じます。反対に、嫌なことがあったら不幸だと思います。

「トップダウン・セオリー」の方が幸せになれる!?
マズローは、自己実現している人の考え方の特徴は「in sprite of」(にもかかわらず)にあると指摘し、「心にこんな嫌なことがある。にもかかわらず、私はハッピーだ」と言えるのだと。自己実現している人は、人によく思われるためにいろいろなことをやっているわけではなく、自分がやりたいこと、やるべきことをやっているとのことです。

参考文献:『逆境に弱い人、逆境に強い人』(加藤諦三著/大和書房)

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2015年6月18日 (木)

幼少期の祖父母同居体験が老後に生きる!?  逆境に弱い人、強い人(3)

1989年当時のギャラップの家族関係調査があります。「通常、祖父や祖母にどのくらい会っているか」の質問に、「会っていない」のは1%で、「毎日」という人が5%もいました。多いのは週に1回以上(18%)、月に1回以上(21%)、年に数回(24%)でした。核家族化が異常に進行してしまった昨今の日本では考えにくい数値ですね。

老人施設で元気な人とそうでない人には何か因果関係が
ハーバード大学のランガーが、ボストンの老人関連施設で行った調査があります。高齢になっても大変元気な人もいれば、元気がなくなる人もいる。どうしてそういう違いが出るかを調べました。ランガーは、その違いが生い立ち(特に家族関係)にあるのではないかとの次のような仮説を立てました。

自分が子どもだった頃、周囲に高齢者がいた・いない
「小さい頃からずっとおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしている人は、高齢者になっても元気。ケアしてくれる人を困らせたりしない。しかし、小さい頃に祖父母と一緒に住んでいなくて、13歳とかのある期間から高齢者と一緒に住みだした人は、高齢になってからブツブツ文句を言ったり、元気がなくなったりする」。

小さい頃は偉く見える。ところが中学生になると…
中学生など生意気盛りの、まだ人生もわかっていない時期に、たまたま高齢者と一緒に住みだすと、ばかにする。荷物も自分のほうがずっと重いものを持てる。歩くのも速い。何をやっても自分のほうができるので、高齢者を尊敬しない。だから…と考えたのだが、実際に調査をしてみると、そのとおりでした。

高齢者との接し方が老齢期の自己への肯定・否定を分ける
高齢者を尊敬していきて、高齢であることを肯定的に解釈している人は、自分が高齢者になっても、決して自己蔑視はしない。だから、元気でいられる。ところが、自分が反抗期なり、小さいころに高齢者をばかにしたことがある人は、自分がその当事者になると自己蔑視をする。それで不機嫌になり、元気もなくなるということです。

儒教の国で高齢者の豊かな表情が多いのは・・・
結局のところ、人間に影響を与えているのは「事実」ではなく、事実に対する「解釈」なのですね。元気か、元気でないかを決めるのは、高齢者になったという事実ではなく、高齢を肯定的に解釈するか、否定的に解釈するということになります。儒教の国といわれるお隣の韓国では、お年寄りの笑顔をよくお見受けしますが納得です。

参考文献:『逆境に弱い人、逆境に強い人』(加藤諦三著/大和書房)

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2015年6月14日 (日)

「いい人」をやめると楽になる  逆境に弱い人、強い人(2)

だいぶ以前に読んだ曽野綾子さんの著書に『「いい人」をやめると楽になる』がありました。今回のお話は、その内容に限りなく近いと思います。頼まれたことをお断りするのはとても勇気がいることです。筆者自身もどちらかというとそのタイプでしたが、人生の目標が明確になった辺りから“断る勇気”が持てるようになりました。

なぜ多くの人は「Iam not like that.」と言えない
アメリカの心理学者シーベリーが全米をくまなく回って、悩んでいる人の話を聞き、その共通性を調べました。その彼が発見した‶悩んでいる人〟の共通点とは、「この一言が言えなかった」ということでした。どういう一言かというと、
「Iam not like that.」(私はそういう人間ではありません)」なのでした。

頼みやすい良い人になってしまうと期待感がさらに膨らむ
たとえていえば、白鳥が良い声で鳴くことはありません。もし、良い声で鳴くことを期待するなら、小夜鳴鳥(ナイチンゲール)に期待すればいいわけです。しかし、白鳥はきれいだから、白鳥を見ると、みんなはつい(白鳥にとってはいい迷惑でしかないのですが…)良い声で鳴くことを期待してしまいます。

どうして自分を犠牲にしてまで期待に応えようとするのか
悩んでいる人は、この白鳥なのだとシーベリーは指摘しています。良い声で鳴くことを期待されたけれど「私は白鳥ですから、それはできません」と言えなくて、小夜鳴鳥のようになろうとしてしまいます。これが‶悩んでいる人〟の共通点なのだと。そして、この一言が言えないばかりに、ついには自分を見失ってしまうのだと。

自分が自分自身に期待しすぎることも己を見失わせる
これは『変化の原理(※)』という古い本に出てくるお話です。修士号取得を目指す優秀な学生がいましたが、彼はうまく論文を書くことができないでいました。彼の問題点をある程度把握していた指導教官は、課題解決のための一つのアイデアを思い付きます。そして、彼に次のような課題を与えました。

論文がうまく書けない学生が指導教官から学んだこと
指導教官は、彼には不本意なC評価程度の論文と、自分が思う通りの論文を次の面接時に提出するように求めました。次の面接時に学生は、不本意な論文は2時間で書け、「自分の」は週末一杯かかったと報告しました。そして論文が返されると、「自分の」論文はC評価で、不本意な2時間でまとめた論文がBプラスと評価されていました。

参考文献:『逆境に弱い人、逆境に強い人』(加藤諦三著/大和書房)
※:『変化の原理』ポール・ワツラウィック&ジョン・H・うウィーランド&リチャード・フィッシュ共著/法政大学出版局)

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2015年6月11日 (木)

逆境に立ち向かったサンゴと負けたネズミ  逆境に弱い人、強い人(1)

世の中には逆境に弱い人と、強い人がいます。そして、逆境に強い人が人生の成功者として順調に階段を昇って行くと考えられています。私たちの周囲にもそうした事例は枚挙にいとまがありません。では、その違いは何によってもたらされるのでしょうか。そのあたりを、4回のシリーズで追ってみたいと思います。

ストレスや苦難が、輝くような美しいサンゴを生み出す
ニューギニアとオーストラリアの間に、グレート・バリア・リーフという大きなサンゴ礁が横たわっています。このサンゴ礁の内側は穏やかな海で、外側は荒海です。そして内側のサンゴは生存競争がないため急速に死にますが、荒い波に洗われているサンゴは海と死闘を繰り返し、成長し、繁殖し、輝くような美しさになります。

生存競争がないと、「ホーホケキョ」と鳴かなくなる
国立科学博物館のハワイのウグイスに関する研究が2015年の5月に新聞報道されました。ハワイには80年ほど前に日本から持ち込まれたウグイスが野生化し生息していますが、このさえずりが周波数の変化が乏しく、さえずりを構成する音の数が少ないなど、単純な構造(ホーホーとしか聞こえない)だとわかりました。

日本の島に住むウグイスはハワイと同じように鳴く
小鳥の雄は、なわばりを張りライバル雄を排除したり、つがい相手の雌を誘引したりする目的で春から夏の繁殖期にさえずります。一般に、複雑なさえずりは雄間競争や雌の誘引で有利にはたらきます。しかし、ハワイは温暖で季節移動の心配がなく、競争も少ないため美しい鳴き声を保持する必要がなく退化したのだと…。

逆境にさらされ過ぎると生命力が奪われてしまう
『心の「とらわれ」にサヨナラする心理学』よりの引用ですが、冷たい水に入れられたネズミは、40時間から60時間の間、何ら苦にすることなく泳ぎ続けます。ところが、水にいきなり入れずに抵抗をやめるまで押さえていると、それまでと違ったことが起きました。そのネズミは泳がずに、すぐあきらめておぼれてしまいました。

「絶望は死に至る病」とキルケゴールは言いましたが・・・
ネズミが抵抗をやめた瞬間というのは、「ああ、駄目だ」と思った瞬間です。その瞬間を捉えて、パッと水に入れました。ネズミは何時間も泳ぐことができるスキルがあるにもかかわらず、30分も経たないくらいで力尽きてしまいます。高い能力があるのに、「自分は駄目だ」と思った瞬間、能力がストーンと落ちてしまうのですね。

参考文献:『逆境に弱い人、逆境に強い人』(加藤諦三著/大和書房)

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2015年6月 7日 (日)

「日記」を書くことによって得られるものとは  こころの声を「聴く力」(5)

2013年7月24日に、日本人の忘れものシリーズの4回目として「和田アキ子さんが語る『怒る』と『叱る』の違い(*a)」を書きました。その中に若い頃の和田アキ子さんを故・山岡久乃さんが叱ったシーンが出てきますが、今回取り上げた山根さんの本の中にも、この山岡久乃さんが登場し、「日記」のことを語られています。

山岡さんは女優の山本安英(*b)さんから「日記をつけなさい」と言われた(※1)
今日、栗饅頭を食べたとか、どんなつまらないこと、くだらないことでもいいから書いておきなさい、と。若いときの日記を読み返すと、若いときの自分がわかる。若いときの自分がわかったときに、若い役ができます。若いから若い役ができるわけではありません。客観的に若さが掴めたとき、若い役ができるようになります、と。

*b:山本安英(やまもと やすえ):築地小劇場の創立に参加。劇作家・木下順二作『夕鶴』の主人公のつうを演じる。谷崎潤一郎に絶賛され、彼女の代表作となる。

「自分を励ませるのは、過去の自分だけ」(※2)
あるテレビ番組で、俳優の方がこうおっしゃったと『資生堂で学んだ まごころの仕事術』(関根近子著)に書いてありました。日記を読み返してみると「自分は壁にぶつかっても負けずに乗り越えられた」等々との解釈が書き添えられていましたが、ひょっとするとこの俳優さんにも、山本安英さんと同じ思いがあったのかもしれませんね。

恥ずかしいくらい自分を褒めないとビジネスの成功者にはなれない!?(※3)
女優・俳優に日記が大切な存在ということはわかりましたが、それでは、ビジネス界ではどのような位置づけになるでしょう。限られた情報の中から抜粋すると…。
成功者たちの日記には「よくやった!」「素晴らしい!」「やればできるじゃないか!」「私は才能がある!」などが頻繁に登場し、彼らは自分を褒めることの達人だとのこと。

多方面で活躍中の松永真理氏(*c)の就活を覚醒させた「日記」とは(※4)
その日あったことや感じたことを、日記に綴り、新聞で見つけた記事や、ホンの中で気に入ったフレーズを書き写す。そうすると、自分が何に興味を持ち、反応するのかが少しずつわかってきたそうです。そして、企業訪問の目的が「選ばれる」ことから、自分が訪問企業を「見る」「選ぶ」という観点に変わったそうです。
*c:リクルートからNTTドコモに転じ、iモードの企画開発に携わる。

※1:『こころの声を「聴く力」』(山根基世著/潮出版社)
※2:『資生堂で学んだ まごころの仕事術』(関根近子著/朝日新聞出版)
※3:『あなたをダメにする 時間管理術の落とし穴』(澤田多津也著/インデックス社)※4:『iモード以前』(松永真理著/岩波書店)
*a: http://leaf-wrapping-lw.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-6db5.html

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2015年6月 4日 (木)

茨木のり子詩集より「聴く力」  こころの声を「聴く力」(4)

山根さんの対談者の中に、山根さんにとって憧れの詩人・茨木のり子さんがいらっしゃり、熱い思いが随所に綴られています。そして、一番好きな詩が「汲む」なのだと。素敵な作品ですので、ここで紹介しようと思いましたが、その気になればWebでいくらでも読めますので、ここでは、本稿に沿うであろう「聴く力」の方をご紹介いたします。

聴く力(茨木のり子)
ひとのこころの湖水
その深浅に
立ちどまり耳澄ます
ということがない

風の音に驚いたり
鳥の声に惚(ほう)けたり
ひとり耳そばだてる
そんなしぐさからも遠ざかるばかり

小鳥の会話がわかったせいで
古い樹木の難儀を救い
綺麗な娘の病気まで直した民話
「聴耳頭巾(ききみみずきん)」を持っていた うからやから

その末裔は我がことのみに無我夢中
舌ばかりほの赤くくるくると空転し
どう言いくるめようか
どう圧倒してやろうか

だが
どうして言葉たり得よう
他のものを じっと
受けとめる力がなければ

(山本注)
「聴耳頭巾」は、日本の民話に登場する、動物の声を聴くことのできる頭巾のこと
「うからやから」は、血縁的社会的な氏族共同体の族員をさす(世界大百科辞典より)

参考文献:『こころの声を「聴く力」』(山根基世著/潮出版社)
「聴く力」の出典:『おんなのことば』(詩:茨木のり子/童話屋)

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