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2015年7月12日 (日)

ドラッカーが日本画を通して語る「日本文明」  文明と文化(6)

過日、千葉市美術館で『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画』展があり、広くマスコミ(「NHKの日曜日美術館」「日本経済新聞・春秋&文化欄」)にも取り上げられました。今回は趣向を変え、マネジメントの父と呼ばれたドラッカー氏の著書『すでに起こった未来』から、「日本絵画にみる日本」をご紹介します。

西洋とその現代絵画を見るために日本画を利用あるいは乱用することとしたい
 蘆雪は、1780年代に道成寺の鐘を描いた。そのテーマは、有名な歌舞伎と同じである。この絵は抽象度の高い、非具象的な作品である。描かれたのは、西洋に抽象画が現れる150年も前である。しかも、この作品は日本最古の抽象画ではない。日本の抽象画は10世紀の平安時代にまでさかのぼる。

谷文晁は印象派の半世紀先を行き、白隠は表現派に勝るとも劣らない
 江戸、つまり今日の東京の偉大な画家であった谷文晁は、西暦1800年の少し後、月下の梅花を描いて、半世紀後のジョセフ・ターナーやモネが行おうとしたことを先取りした。彼は「光」そのものを主題にした。
白隠の達磨は、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、アフルレッド・クービン、表現派の時代のパブロ・ピカソ、そしてアンリ・マチスと同じように、表現派に属すると言える。しかも、彼らのなかでもわずかの者にしかない力がある。

自分の絵も見ずにこのようなものは描けるはずがないとピカソは怒った!?
 したがって、西洋のモダニズムは日本の伝統のなかに予見されている。おそらく作り話だろうが、1953年にパリで開かれた禅僧仙涯の美術展に連れて行かれたピカソは、自分の絵も見ずにこのようなものは描けるはずがないと怒り、怒鳴って会場から飛び出したという。このように、西洋絵画におけるモダニズムは、日本の伝統のなかで先にかたちづくられていたとまで言えないにしても、少なくとも前触れはされていた。

 しかしもちろん、西洋の絵画は日本画を見たこともなければ聞いたこともなかった。西洋では、版画の浮世絵以外に、日本の絵画についてはごく最近までほとんど知られていなかった。換言するならば西洋は、日本では昔からのものだった近代的な視点や感覚を、ようやく100年間に育てあげたということになる。
 西洋は、日本では昔からのものであった新しい物の見方を習得した。西洋もまた、描写と分析から、構図と形態へと移行したのである(以下翌日の補足資料に続く)。

参考文献:『すでに起こった未来―変化を読む眼』(ドラッカー著/ダイヤモンド社)
Ⅶ部 社会および文明としての日本 11章「日本画にみる日本」より 

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