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2016年1月 7日 (木)

白洲正子さんなら「聞く」の反対は「おしゃべり」かも  たしなみについて(2)

カルカッタの聖女(マザー・テレサ)は「愛情」の反対は憎しみではなく「無関心」と語りました。では、コミュニケーションにとって大切な「聞く」の反対は何かと考えてみました。白洲正子さんならきっと「おしゃべり」と答えたのではないかと…。今回は、聖女の「聖」の語源から、聞くことの大切さも併せ再考してみます。

立派な人は、多くをしゃべりません。
たったひと言で盤石の重みを持ちます。何につけ、結局、最期のものは一つしかありません。どんなに多くの言葉をついやそうと、私達はたった一つの事しか言えないのです。

若い中は色々の失敗をしてみるのもいいと思います。
恥をかく事がこわい様では何も実行できません。なんにも覚えもしません。
おしゃべりな人はしゃべればいいのです。書きたい人は書き、描きたい人も描けばいいのです。しゃべってしゃべってしゃべりぬいて、恥をかいたり後悔したりして、ついに、いくらしゃべってもどうにもなるものではない、と知れば無口になるにきまっています。しゃべりたいのを我慢して、いくら機会をねらったとて、「珠玉のような一言」なんて吐かれるものではないのです。

聞くことは、賢くなること(※1)
「聖」という字は「最もすぐれた知恵と道徳とをそなえた人」(『漢辞海』三省堂)の意と書かれています。日常生活で目にするとしたら、「聖人」とか「聖域」といった言葉でしょう。
それでは、どうして「聖」という文字がそうした意味を持つようになったのか。
分解すると、「耳」と「口」と「王」に分かれます。王はここでは王様の王ではなく、「通る」といった意味なのだそうです。
つまり聖は、「耳の口が開いて(通じて)いる」という意味で、そうした人は「ふつうの人には聞こえない神の声が聞こえる」と考えられたのです。そして神の声をも聞くことができる人は「最もすぐれた知恵と道徳をかねそなえた人」として共同体のなかで尊敬されたのでしょう。

もうひとつ、よく似た漢字として、「聡明」があります。これは「耳がよくきこえる、耳の力が鋭敏」(『字源』角川書店)という意味から、ひいては「ものわかりがいい、かしこい」といった意味で使われます。
この二つの漢字を見るだけで、昔の人たちが「聞く」ことをとても大事だと考えていたことがわかります。

参考文献:『白洲正子全集 第一巻』(白洲正子著/新潮社)
※1:『聞く力、話す力 インタビュー術入門』(松原耕二著/河出書房新社)

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