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2016年2月21日 (日)

先頭打者を四球(フォアボール)で出すくらいなら打たれた方がましなのか

専門的な話を解りやすく伝える技術 『原因を推論』するより(2)
参考文献の著者によると「政治を話題として議論がなされるとき、そこには二種類の議論のなされ方がある。一つは何が正しいかをめぐる規範的な議論、もう一つは、実際にはどうなっておりなぜそうなっているかをめぐる経験的・実証的な議論」。フォアボールと安打のお話は、この二種類の議論を解りやすく伝えてくれます。

この結果に対してコメントを求められ野球評論家の広岡達朗は・・・
彼は、「先頭打者に四球を出すと、『投手が精神的に弱い』と思い、バックの守備陣やベンチの監督、選手がマイナス思考になる。勝負に出て打たれた方が全体的にはまだプラス思考になれるということだ。スポーツは精神的な面が大事だ」と話したそうです。著者は「どうやらこの分析に不満のようである」と記し次のように論じます。

「先の検証では、因果関係のメカニズム、すなわち原因が結果に影響するプロセスは、投手の心理を中心に考えられていました。しかし広岡元監督は、投手の弱気はチーム全体に影響する、という因果メカニズムを想定しています。そうであれば、次の回の攻撃にも影響が及ぶでしょう。そう考えるなら『まし』は失点で測られるだけでは不充分であり、その回表裏の得失点差などで測らなければならないかもしれない。」

規範的評価と説明
さて、先の野球の例での分析結果は、評論家のコメントと異なり、「先頭打者にヒットを打たれるよりも四球で出した方がまし」という結論を示しました。これに対して広岡元監督は、分析が想定している因果関係のメカニズムが妥当ではないのではないかという経験的・実証的な観点から疑義を呈しました。

しかし、四球を出すというのは「正しい」ことではないのに、その方がヒットよりも良い結果になるなどという主張をするのは正しくないと規範的な観点から批判する人はほとんどいないでしょう。野球では、真っ向勝負こそが正しく、卑怯な敬遠などは認めないといった極端な考えでも持たないかぎり、四球の効果を分析する際には、規範的判断はかかわってこないのです。

しかし、分析の対象が現実の政治や社会で生じている現象となると、話は少し違ってきます。現在進行形の政治や社会現象に対してわれわれは、さまざまな意見を持っています。そのため客観的であるはずの分析に、自身の規範的意見が影響を与えることがあるかもしれないのです。

※:『原因を推論する』~政治分析方法論のすすめ~(久米郁男著/有斐閣)

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