« 裸眼3Dテレビの開発者&あのパラリピアン 活躍する女性たちの群像(5)(ウーマン・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞者紹介 Ⅲ) | トップページ | 2度リストラされた会社(町工場)を再建  活躍する女性たちの群像(7)(ウーマン・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞者紹介 Ⅴ) »

2016年6月19日 (日)

日本のナイチンゲールが東北の被災者を救った  活躍する女性たちの群像(6)(ウーマン・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞者紹介 Ⅳ)

東日本大震災から5年が過ぎ、ブログ筆者の記憶からも徐々に薄れかけていましたが、今回紹介する石井美恵子氏の受賞理由を『日経WOMAN』(2011年1月号)で読んだとき、ある衝撃を伴って鮮明に蘇りました。その衝撃とは、プロフェッショナルによる災害看護の存在と、そこに至る大変な努力の積み重ねを初めて知ったからです。

2012年 石井美恵子氏(救急看護学科 主任教員)の大賞受賞理由
●東日本大震災の被災地への看護師派遣を取り仕切り、延べ3770人の災害看護を実現した強いリーダーシップ/●四川大地震の支援では現地での活動をリードし、中国からも高い評価を得るなど、国際支援における日本のプレゼンス強化に貢献/●臨床、理論、現場という多角的なアプローチで災害看護の専門性を磨き、後進育成に当たる

震災発生直後、ピーク時の被災者数は47万人を超え、雪が舞う寒さで健康被害を訴える被災者も増えていきました。そうした中、各地の避難所で被災者の看護(心と体のケア)に当たったのが、3泊4日で日本看護協会から派遣され、24時間体制で避難所に常駐した災害支援ナース(特殊な教育・訓練を受けた総勢3770人)たちでした。

その陣頭に立ったのが、日本看護協会看護研修学校の主任教員・石井美恵子さんでした。救急看護専門の教員でありながら、石井さんは災害などの非常時に組織を一元的にコントロールして事態に対処する指揮命令系統に精通(04年のスマトラや08年の中国・四川大地震の災害医療支援活動も経験)した災害救済看護のエキスパートなのです。

3月14日、東京・原宿の日本看護師協会災害本部の会議には、理事ら十数人が顔を揃えていました。石井さんは2月まで病気療養していたため、待っていては招集されない可能性があると思い、自分の判断で会議に向かったそうです。ここで今まで培った経験や知見を発揮できないなら、存在意義はない――と自分自身を奮い立たせました。

「危機管理のときは平時のルールを破れるかどうかが重要。本来は所属先の許可を得て参加すべきですが、手続きを踏む時間がなく理事の承認を得て参加しました。正当な理由があるのだから、後で何を言われてもいい…」と石井さんは断言されています。そのスピード感は、失速することなく被災地での行動につながっていきました。

日本看護協会はその場で災害支援ナースの派遣を決定。しかし、これまで近隣県からの小規模派遣3回の経験しかなく、全国規模派遣は未知の領域。広範な被災地のニーズ調査、派遣ナースの配置、行政や他団体との交渉や調整をするコーディネーターが必要だという話になったとき、「それなら、私がやります」と石井さんが名乗り出たのでした

参考文献:『日経WOMAN』(月刊誌/日経BP社) 

ホームページ https://www.leafwrapping.com/

■研修、講演などのご依頼、ご相談は【プロフィール】(画面左顔写真下)の〈メール送信〉からお願いいたします。今回は「コーチング・リーダー研修」の話題から。


にほんブログ村


コーチング ブログランキングへ

|

« 裸眼3Dテレビの開発者&あのパラリピアン 活躍する女性たちの群像(5)(ウーマン・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞者紹介 Ⅲ) | トップページ | 2度リストラされた会社(町工場)を再建  活躍する女性たちの群像(7)(ウーマン・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞者紹介 Ⅴ) »

コーチング・リーダー研修」カテゴリの記事