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2016年7月28日 (木)

完璧にこだわる⇔適度なところでよしとする  認知再構成(7)

現代に生きる私たちのほとんどは、祖父母の時代よりもずっと多くの選択肢を手にしています。選択肢があることはいいのですが、いいものが多すぎるきらいがあります。多いことがつねにいいとは限りません。なんでも豊富にある世界では、選択する機会を前にして延々と考え込んでしまったり、かえって後悔や不満が生まれたりします。

では私たちはどうしたらいいのでしょうか。まずまず十分だと思われるところで納得し、不完全な選択をよしとすることを学ぶことです。何かを決定するときにまずまずのところで妥協すると、最大の満足感は得られないかもしれません。しかし、いつも完璧なものを探し求めるなら、確実に不幸せな気持ちと不満がもたらされます

バリー・シュワルツは、著書『なぜ選ぶたびに後悔するのか』のなかで、人を「マキシマイザー」と「サティスファイサー」に分けています。
マキシマイザーは完璧以外では満足しません。レストランでは完璧な食事を注文し、服装も完璧なものにし、完璧な休日を過ごし、完璧なパートナーを求めます。

彼らはぴったりの服を探すのに何時間もかけ、ものすごい数の選択肢のなかで値段と品質を比べ、試着します。また、旅行先を決めるときも悩みます。徹底的に調べ上げ、何度も検討を繰り返し、なかなか決断できません。彼らが直面している問題は、世の中には完璧な食事や休暇、そして完璧な人間などは存在しないということです。

それゆえ、いくら選択肢が多くても、いくら時間をかけて選んでも、理想にぴったり合ったものは見つかりません。マキシマイザーの完璧主義が必然的に行きつくところは終りのない「ああしておけば」と「もしこうだったら」というものです。そして、その先には失望と欲求不満、そして後悔、最終的には不幸せが待っています。

対照的にサティスファイサーは「十分に間に合う」もので満足します。
彼らは「完璧などない」という人生の現実を受け入れています。完璧なものがたとえあったとしても、マキシマイザーになることで得られるものより、それぞれの選択に限りなく悩むことの犠牲のほうがずっと大きいのです。

時にはサティスファイサーも自分の選択を後悔することがありますが、彼らの基本的なスタンスは、持たないことを憂えるのではなく、持っているものをありがたいと思って受け入れる姿勢です。マキシマイザーではなく、サティスファイサーになる選択をしましょう。逆説的ですが、そのほうが幸せを見つける可能性を最大化できるのです。

参考文献:『Q・次の2つから生きたい人生を選びなさい~ハーバードの人生を変える授業Ⅱ~』(タル・ベン・シャハ―著/大和書房)

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