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2023年7月

2023年7月28日 (金)

「狐型」と「針鼠型」で政治予測・人物をタイプ分け

ペンシルバニア大学心理学教授のフィリップ・テトロックは、専門家による政治予測の正確性やそれを決める要因に関する研究を始めます。そして284人の専門家による28千近い予測を分析した結果は、「チンバンジーが投げるダーツ(ほとんど当たらないことの比喩)」と変わらないものでした。これは、わが国の選挙予想にも当てはまりそうですね。

ただし、その中でも成績が悪いのは「思考信条」を中心に物事を考えるグループであり、直面する問題に応じて分析ツールを変える現実的なグループは、よりよい成績を残すことができました。テトロックは前者をハリネズミ、後者をキツネに喩え、ハリネズミが持つ「ゆずれない信条」は予測にとって不利に働くと結論づけました。

イギリスの歴史学者アイザー・バーリンは『ハリネズミと狐』を書き、トルストイの『戦争と平和』における歴史哲学を論じました。その冒頭でギリシャン詩人アルキロコスの詩にある「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を引用し、知識人や芸術家をハリネズミとキツネに例えて分類しています。

アイザイア・バーリンの表現を借りて、前出のフィリップ・テトロックは専門家をハリネズミとキツネに分類しました。ハリネズミは一つの大きな事項について知っており、その視点からすべてを説明しようとする。キツネは多くの事項を少しずつ知る傾向があり、複雑な一つの問題にとらわれていないのだと。

テトロックによれば、キツネの予測はハリネズミよりも当たるという結論でした。キツネは、多様な情報源をつなぎ合わせることで意思決定する。ハリネズミは時に正しく、思わぬ当たりをすることもあるのだが、長期で見たらキツネの予測にはかなわない。多くの重要な決定事項については、個人及び集合的なレベルでの多様性が鍵となる、と。

アイザー・バーリンは『ハリネズミと狐』で、知識人や芸術家を分類しています。

プラトン、ダンテ、パスカル、ドフトエフスキー、プルーストはハリネズミ族。

アリストテレス、シェークスピア、エラスムス、ゲーテ、バルザックはキツネ族としました(トルストイは、本来はキツネであるが、自分はハリネズミであると信じていたと)。

プリンストン大学のマービン・ブレスラー教授によると、偉人は皆、針鼠なのだと。

フロイトは無意識の世界に、ダーウィンは自然選択に、マルクスは階級闘争に、アインシュタインは相対性原理に、アダム・スミスは分業に、それぞれ関心を集中させている。いずれも針鼠なのだ。複雑な世界について考え抜き、単純化してとらえている、と。

参考文献:『世界を支配する運と偶然の謎』植村修一著/日本経済新聞出版社刊

『まさか』マイケル・J・モーブッサン著/ダイヤモンド社刊

『ビジョナリーカンパニー2』ジェームズ・C・コリンズ著/日経BP社刊

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2023年7月18日 (火)

絵文字を契約のサインと認めた裁判所!

スマホなどのメッセージでよく使われる、親指を立てた「いいね」を意味する絵文字が、「契約の同意」、つまり、この内容で契約することに同意しました、という意思表示をしたことになるという、驚くべき裁判所の裁定があったことを、710日の『朝日新聞・夕刊』が報じました。

アメリカのCNN放送やカナダ中部のサスカチワン州の裁判所の文書によりますと、カナダの穀物取り扱い業者が農家に対し携帯電話で、作物の買い付けを求める内容の契約書の写真とともに、「確認してください」とのメッセージを送信しました。これに対して、農家は親指を立てた「いいね」の絵文字で返信しました。この返信を穀物業者は「契約成立」と理解したので、期日までに作物が納品されなかったことに対して、損害賠償を求めて農家を裁判所に訴えました。

呼び出された裁判所で、農家は『親指を立てる絵文字は、ただ契約書を受け取ったことを確認しただけで、契約条件への同意を確認したわけではない』と反論しました。この農家の反論に対して、穀物業者はこの農家とこれまでに少なくとも4回、メッセージで契約を交わしていた事実を明らかにしました。

裁判所の判事は、「絵文字は単に契約書を受け取って検討するという意味ではなく、契約への同意を示している。穀物業者と農家の間に契約の同意があったとの客観的な理解が出来る」との判断を示しました。

スマホのメッセージのやり取りで、笑ったり泣いたりする表現として使われる絵文字は1996年に日本のテクノロジー専門家の栗田穣崇(くりたしげたか)氏によって発明されました。2010年に文字コードの業界標準規格Unicode(ユニコード)に登録され、世界中に普及するようになりました。絵文字(Emoji)という日本語ことばも、翻訳されることなく世界中で使われるようになっています。ある調査によると、アメリカでは、1人が1日に96の絵文字を送っているそうです。

カナダの裁判所が、親指を立てた「いいね」の絵文字を契約同意のサインと見なしたのには、このようにSNS上でメッセージ表現の一部として認知されていることが背景にあったと思われます。日本発の世界語としては、マンガ(Manga)、アニメ(Anime)、アイドル(Idol) 、コスプレ(Cosplay)などがしられてきましたが。最近では 絵文字(Emoji)がナンバーワンだそうです。このところ多くの項目の世界ランクで日本の地盤沈下が続いている感じがしますが、絵文字に代表される日本文化の健闘は誇らしいですね。

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2023年7月10日 (月)

日欧の「香り」に対する感性の違いと「香り」の効用

日本におけるお香の歴史では、次のようなことが知られています。595年、淡路島に漂着した香木「沈香(じんこう)」が、聖徳太子に献上されたと伝えられます。また、仏教伝来とともに、多数の香木が一緒に渡来しました。なかでも天下第一の名香とうたわれるのは、現在も正倉院に所蔵されている国宝、蘭奢待(らんじゃたい)という香木です。

754年には鑑真和上が32種類の香りの材料を日本に伝え、さらに数龍類の香木を練り合わせて焚く「薫物(たきもの)」の調合法を日本にもたらした。香りを鑑賞する「香道」は室町時代に始まり、戦国時代の織田信長は正倉院の御物「蘭奢待」の香木を切り取ったといい、徳川家康は沈香の「伽羅(きゃら)」コレクターとしても有名でした。

日本と欧米での香りの文化の相違点  国が異なると生活環境に大きな違いがあり、人間の感性にも影響を与えるようです。これを「香り」にフォーカスすると、近世の日本の都市部では公共的な衛生システムが発達していたため、悪臭を除去する習慣がありませんでした。これに対し、近世の欧米の都市部の多くでは下水の整備等が不十分だったため、悪臭を防ぐ芳香を必要としました。

民族による体臭にも同様のことがいえるでしょう。黄色人種は一般的に体臭がなく、香料・香水の必要に迫られませんでしたが、欧米人は一般的に体臭が強く、香料・香水の使用が好まれました。また、欧米人は「自分をアピールする」ために、好みの香りを身につける習慣がありますが、日本人は他人と異なる香りを身につけることをあまり好みません。

花粉症、認知症と「香り」の関係  香りは医療や介護の現場で活用されています。よく知られているのは、花粉症の症状の緩和でしょう。鼻づまりが苦しいときに、ユーカリやティートリーの精油をハンカチに一滴たらし、鼻と口を覆ってそのにおいを嗅ぐと、多くの患者さんで症状の緩和が見られることから、アレルギーを抑える薬と併用されることが増えてきています。

これとは別に、最近の研究成果では、認知症患者が植物の花や葉っぱや果実などから抽出した香りをかぐと、認知機能が改善することがわかってきたそうです。認知症患者の多くは、早い時期から嗅覚(きゅうかく)の衰えが見られます。ニューロンといわれる脳の神経細胞で、数少ない再生されるものの一つが匂いを感ずる神経だとか。

どうやら、外部からにおいの刺激を与えると、脳の衰えた部分、あるいはその周辺に働きかけるようなのです。重い症状のアルツハイマー病患者には記憶の番人といわれる脳内の海馬の委縮や神経細胞死が起こっています。ところが、こうした患者でも植物性の香りをかぐと認知機能の改善が見られました。このように、研究が盛んになってきています。

参考文献:『〈香り〉はなぜ脳に効くのか  アロマセラピーと先端医療』(塩田潤二著/NHK出版刊) 『「香り」で売る! ビジネスを成功に導く香りのグランディング』(多田崇哲著/繊研新聞社刊)

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2023年7月 2日 (日)

精神科医療の新しい流れを構成する諸要素について

『アニメ療法』という本が202212月に光文社から刊行されました。著者はパントー・フランチェスコというイタリア人です。彼は、子どもの頃から日本のアニメやゲームなどのいわゆる「オタクカルチャー」に接し、自身が救われた体験を持つことから日本での医療従事を決意したとのこと。そのオタクカルチャー体験を転記すると、

ポケモンをボールに収め、絆の旅に出た。セーラームーンと一緒に凛々しいヒーローに変身して、スーパーパワーで弱者を救った。

『犬夜叉』を見て戦国時代へタイムスリップして、自分自身の二面性を受け入れられるようになった。

『地球少女アルジュナ』で生死の意味、自然と愛の不可解さを知った。

CLANNAD AFTER STORY』のキャラクターと一緒に、家族の絆に気づいて泣いた。

『東京マグニチュード80』で自然の残虐さと、儚い絆の強さを感じた。

『魔法少女まどか☆ガギカ』で無慈悲の宿命の中でも美しい光があることを目撃した。

この世にはカッコ悪い自分しかいないと思った時に

『ゼルダの伝説』のリンクになって勇ましく剣を振り回し、己の存在を叫んだ  こうした経験から、筆者は日本のポップカルチャーの秘める力を知った。そして精神医学の道に進んで研究を重ねれば重ねるほど、「物語」が精神的なサポートをできることを、日本の文化財産とも言えるアニメやゲームに大きなヒントがあることを強く感じるようになり、きちんとした効果検証をした上で、臨床現場にも導入できるのではないかと。

精神科医がすすめる日本のアニメ・漫画  ゲームというデジタル介入の形式以外にも、日本の漫画やアニメには娯楽を超えるポテンシャルも持った作品がいくつかある。精神科医の立場から、理想的な内容を持つと感じる作品を一部紹介すると、『空中ブランコ』『新世紀エヴァンゲリオン』『蟲師(むしし)』『宝石の国』『コードギアス 反撃のルルーシュ』『ONE PIECE(ワンピス)』

6 つの作品はいずれも漫画、アニメ作品。作品とインタラクトする性質は持たない。非フィードバック型のアニメ療法に該当するといえるとのこと。こうした作品の鑑賞はカタルシスをもたらし得る。私たちは無意識的に過去のトラウマや苦悩を抑圧してしまう傾向があるが、カタルシスでその感情を排出すれば、心の緊張がほぐれるようになる、と。

筆者はアニメ療法を含め、エンターテインメントとメンタルヘルスの交差する場面こそ未来の精神科医、若者向けの臨床心理、人間の心のケアに携わる活動のコアになると予測しておられます。それには「患者」ではなく「みんな」のための、予防としての心のケアという概念が当たり前になることが欠かせない、と。

参考文献:『アニメ療法』(パントー・フランチェスコ著/202212月光文社刊)

著者略歴:ローマのサクロ・クオーレ・カトリゥク大学医学部卒業後に医師免許を取得してから来日。筑波大学大学院博士課程を経て、現在は慶応大学病院を拠点に、複数の医療機関に赴き、精神科医として活躍中。

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