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2023年10月17日 (火)

存在感ある宝塚出身の女優たちとその生みの親

あるウェブに現在活躍中の天海祐希さん、檀れいさん、黒木瞳さん、真矢みきさん、真琴つばささんが登場しますが、その先輩格には大地真央さん、小柳ルミ子さんもいらっしゃいます。ご年配の方には八千草薫さん、朝丘雪路さん、寿美花代さん、扇千景さんも忘れられないでしょう。歌のお姉さん森晴美さん(8代目)、はいだしょうこさん(19代目)も。

宝塚歌劇団が設立された「宝塚駅」は、阪急電鉄が運営している鉄道事業においては、1907年(明治40年)に設立された箕面有馬電気軌道が、1910年(明治43年)310日に現在の宝塚本線・箕面線にあたる梅田駅(現在の大阪梅田駅) - 宝塚駅間、石橋駅(現在の石橋阪大前駅) - 箕面公園駅(現在の箕面駅)間を開業したときに始まる。

当時の箕面有馬電気軌道は阪神電気鉄道(大阪-神戸)など既に発展している都市間を結ぶ路線と異なり、郊外の田園地帯を走る路線であったため、乗客数は少なく経営基盤は貧弱であった。実質的な創業者である小林一三氏は鉄道需要を創出して経営を安定させるため沿線開発に力を入れた。

当時、人口増加が著しかった大阪市は過密化や工場の公害によって住環境が悪化していた。そこで郊外の自然豊かな沿線に住宅地を新たに作り、その居住者を電車で都心へと運ぶアイディアを考案し、路線建設時にもともと地価の安かった沿線の土地を買い上げ、日本初の住宅ローンを活用した戸建て住宅地の分譲販売を行った。

また終点の宝塚周辺では大阪方面からの客を呼び込むために宝塚新温泉、宝塚唱歌隊(後の少女歌劇団、現在の宝塚歌劇団)などの事業を多角的に展開し、現在では当たり前にもなった鉄道会社が沿線開発を行って、自ら鉄道需要の創出を行うという考えの基礎を作り上げ、これをモデルに関東では東急電鉄、西武鉄道などが追随した。

文化の創出者としての一面 1920年に梅田に5階建ての阪急本社ビルが完成すると、小林氏は、3階以上を本社事務所にして、2階を阪急直営の「阪急食堂」に、1階を「白木屋」にレンタルすることにした。白木屋とは売り上げ歩合制にしたが、これは、毎日の売上実績データを入手することでターミナルデパートの可能性を探ることができると踏んだからである。

そして、192711月には地下2階、地上8階建ての巨大ビルディングの建設に着手。1929年(昭和4年)415日、阪急電鉄直営の「阪急百貨店」が鉄道駅に直結する、世界初のターミナルデパートとしてオープンした。同時に、日本的パッサージュ「阪急梅田駅コンコース」もこのときに着工されました。

「パッサージュ」とは、19世紀の古き良きパリを感じられるレトロなショッピングアーケードのことです。宝塚歌劇団の創設、世界初のターミナルデーパート。そして、そのデパートの前身時代から広いスペースの食堂を開設し、食堂の常識を逸脱してライスのみの注文にも応ずるなど、新しい日本の文化の創出に果たした役割は計り知れません。

※参考資料:『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』(鹿島茂著/中央公論新社刊)    Wikipedia:「阪急電鉄」「宝塚歌劇団」

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