新しい文化を創造した『サラダ記念日』
「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日
この歌が実体験からが生まれたことはよく知られている。かつて恋人と一緒に野球を観戦に行ったとき、彼女の手作り弁当の中にはカレー風味の唐揚げが入っていた。これを「この味がいいね」と彼がいった。その小さな感動(恋心には大きかったかも)が発端。注目すべきは、「この味がいいね」の対象がサラダではなくて唐揚げだったこと。
歌人の感覚は、嬉しさや前向きな気持ちがモチーフにしたこの歌に唐揚げは重い。もっと爽やかで軽やかな語感の食べ物が似合っている。そこでサラダを思いついた。そうなると季節は野菜が元気な6月か7月が適しているそうで、ならば断然、「サラダ」の「S音」と響きあう7月の方がいいと。なお、唐揚げだと「K音」なので「9月」となるとか。
『ちいさな言葉』(俵万智著)によると、「サラダ記念日・短歌くらべ」という短歌のコンクールが毎年7月にあり、サラダをテーマにした短歌を募るという。年に7千首も寄せられ、ある年、俵さんが美味しいそうと思ったのは「夏みかんと白菜のサラダ」「上質のオリーブオイルとゲランドの塩で食べるトマトサラダ」「ひよこ豆のサラダ山葵風味」など。
1987年(昭和62)年に河出書房新社から発売された『サラダ記念日』は280万部を超える大ベストセラーになった。同作品には、とても有名な表題歌の他、第32回角川短歌賞を受賞した『八月の朝』などを含む434首が収録されている。この歌集の出版を機に、全国に短歌ブームが起き、また「○○記念日」という言葉が一般に定着することにもなった。
『サラダ記念日』に寄せた佐佐木幸綱氏(早稲田大学の指導教官)の「跋」より
(前・中略)一昨年の角川短歌賞で「野球ゲーム」が次席になり、次いで「八月の朝」が昨年の第32回角川短歌賞受賞作となって、俵万智の歌は歌壇の話題をさらった。さらに、新人類とかライト・ヴァースとか、ちょうど頃合いの流行語と出会うという巡り合わせもあって、話題の輪は歌壇の外側へも広がっていった。
では、俵万智の歌のどこが、新人の名にふさわしい新しさなのか。
まず、口語定型の文体の新しさ。昭和初期と戦後を二つのピークとして、口語短歌が盛んに行われたことがあった。だから口語短歌そのものは新しくもなんともないのだが、彼女の短歌は口語でありながら、そのほとんどがきちっと五七五七七の定型リズムに乗っている。
字余り、字足らずがほとんどない。
かつての口語短歌は破調に寛容であり過ぎた。具体的に言えば、語尾の処理がうまくいかなかったのだった。俵万智の歌は、会話体を導入し、文末に助動詞が来る度合いを減らす工夫がほどこしてある。この辺りがかつてのそれと一味違うのである。
2024年1月10日朝日新聞夕刊 俵万智とAI
「言葉からことばつむがずテーブルにアボガドの種芽吹くのを待つ」
AIが瞬時に100首もの短歌を生成する様子を目の当たりにした彼女は、「言葉から言葉を紡ぐことならAIにもできるが、ゼロから言葉を生み出すことは人間にしかできない。一首一首、世界を見つめ、心から言葉を紡ぐ時、歌は命を持つ」との思いが文頭一首にも。
※参考文献:『日本語の秘密』(川原繁人著/講談社刊)
『ちいさな言葉』(俵万智著/岩波書店刊)
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