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2025年4月

2025年4月30日 (水)

龍安寺・石庭と寝殿造風の日本の小学校

作家の志賀直哉と画家の川端龍子による龍安寺再発見!

雑誌『女性』(19248月)に掲載された志賀直哉の随筆「龍安寺 相阿弥の庭」より

「一樹一草も使わぬという事は勿論其庭に一樹一草もない意味ではない。吾々は広々として海に点在する島々を観、島々には鬱蒼たる森林の茂るのを観る。僅か五十余坪の地面に此の大自然を煮つめる為にはこれは実に、相阿弥にとって唯一の方法だったに違いない。」この志賀の随筆は龍安寺石庭を有名にする効果があったようである。

たとえば、物理学者で古寺調査でも有名な中村清二博士が書いたように、「近く川端龍子氏がこの庭園を題材として彩筆を揮い、また志賀直哉氏が其の大著『座右宝』の中にこれを収めたので急に世人の注目を喚起して、訪問者が頓に増した」という。

時系列では、19248月にまず志賀の随筆『龍安寺の庭』が『女性』誌に。9229日の第11回日本美術院展覧会に川端龍子の屏風絵「大蛇龍安泉石」が出品され、2632630日、志賀は京都と奈良の絵画と絵巻、仏像彫刻、庭園建築の写真を丸善で展示。同時に『座右宝』を出版し、龍安寺石庭の写真を「建築及び庭園の部」に掲載している。

寝殿造の伝統を継承した公立小学校(昭和後期頃の小学校の敷地の解説文より)

平行して建つ校舎の両端を渡り廊下(渡廊)でつなぎ、中間には中庭(坪:寝殿と対屋つなぐ廊下の中間にできた方角の区画)があります。それらの正面には運動場(大庭)が配されています。校舎の外周には駐輪場や自動車の駐車場(屋戸)があり、運動場の端には、季節を感じさせる桜や、目隠しのための樫などが植えられています。

近年新しくつくられる校舎では該当しない場合もありますが、小学校の敷地の構成は、典型的とされる寝殿造り住宅(主に平安時代における貴族の邸宅として使われていた:代表的建造物は京都御所・紫宸殿や東三条殿)に似通っています。これも多数の人が一つの行事をするための土地利用は、傾向が似ていることをそれとなく示しています。

「庭」とは

古くは祭紀や儀式を行うための神聖な場所をさしたと言われています。日本の政治は主に天皇を中心とする朝廷によって行われてきましたが、まさに朝廷の「廷」は庭に由来するのです。早朝、白砂を敷いて浄化された庭に皇族が集まり、儀式を行ったことがその語源とされています。『日本庭園のひみつ』(宮元健次著/メイツ出版刊)より

地球の規模から日本を眺めると、列島全体が日本庭園のようである

周辺に大洋が、内海が、湖が、山河がある。日本庭園はその縮図である。桂離宮には天橋立が、小石川後楽園には白糸の滝や寝覚の床が、水前寺成趣園には富士山が、金閣寺には淡路島がある。池は海を模してあることが多く、よく見れば池畔には岬がある。水面に突き出た石は島。湧き水から流れ出る小さな水路は川を、また砂地もしばしば川であり、海である。

『和の美が心を洗う 日本庭園』(TAC出版編集部編/TAC出版刊)より

 

※参考文献:『志賀直哉で「世界文学」を読み解く』(郭南燕著/作品社刊)

『京都発・庭の歴史』(今江秀史著/世界思想社刊 序章より)

『日本庭園のひみつ』(宮元健次著/メイツ出版刊)

『和の美が心を洗う 日本庭園』(TAC出版編集部編/TAC出版刊)

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2025年4月22日 (火)

「雑談・会話・対話」と3つの「きく」

コミュニケーションの3段階

「雑談」は、ただのおしゃべりや井戸端会議など、その場だけの話ですむ場合です。特に結論を出す必要もなければ、少しぐらい話がずれても支障がないことが多いのです。この場合は「聞く」でいいのです。いちいち詳しく聴かれ(聴かれ)たり、気持ちにまで入ってこられては、相手も自分も困ることがあります。

「会話」は、情報の交換や社交の話し合いなど、「雑談」よりは少し関りが深くなります。「聞く」と「聴く」を適当に取り混ぜて成り立っていると言えるかも。もちろん訊く(質問する)ことも大事です。責任や主体性が「雑談」より少し要求されるかもしれません。時々「聴く」姿勢を入れていくと関係がより深まったり、盛り上がったりするでしょう。

「対話」は、互いの意見や考え、感情をやり取りする深い話し合いになります。信頼関係に基づき、お互いを理解しようとする、意味深い話し合いです。この「対話」のレベルで話し合うには、お互いに「聴く」ことが必要になります。なお、日常生活では、軽いやり取りで、楽しく過ごしたいだけの「雑談」のレベルで十分なことも多いのです。

カウンセリング初心者の陥りやすい対応

「聴く」ことに目覚め、いついかなる時も聴こうとします。しかし、相手がそれを望んでいるとは限ません。時に、相手は軽いおしゃべりの積りでいるのに、気持ちまで分かろうとされることは、侵入されてしまうと感じることもあるでしょう。準備ができていないのに探られるようで、不快な感じになることもあります。関係を深めるには段階が必要なのです。

いつまでたっても深い関係が持てないときは

「雑談」や「会話」から「対話」へ深めたい時には、「聴く」は有効です。聴くことで、信頼関係は形成されます。しかしあくまでも対等な関係ですので、自己開示も重要になります。また、相手が何をどう言えばいいか困っている時は、「聴く」姿勢に切り替えると、それが相手の助け舟となり、言いたかったことがはっきりすることがあります。

3つのキク

・聞く(hear):音が耳に入ってくるといった受動的な聞き方です。漢字のごとく、門を閉じて中を隠す、中がよくわからない意を含むのだそうです。平原に門があってその門が開いたり閉じたり、入ってきたり入らなかったり、聞き捨てたり聞き流したり……。半聞きができるのが「聞く」です。

・聴く(listen):「聞く」に対して「聴く」は、真っ直ぐに耳を向けてきき取ること。「聞く」が受動的なのに対して、「聴く」は積極的なきき方になります。カウンセリングの基本に積極的傾聴というものがありますが、まさにそのことです。そして、一生懸命に「聴く」ということは、実はものすごくエネルギーを使うので疲れます。

・訊く(askあるいはquestion):自分のききたいことを相手に訊く、こちらの知りたいことが決まっていて、そのことを訊くという質問になります。会話を深めるために質問という意味の「訊く」ことが必要です。しかし「訊く」場合でも「聴く」を組み合わせないと、「探られた」という感じになり、訊問(interrogate)と錯覚されかねないので要注意です。

参考文献:『アサーション・トレーニング 深く聴くための本』(森川早苗著/日本・精神技術研究所刊)

『こころの声を「聴く力」』(山根基世著/潮出版社刊)

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2025年4月13日 (日)

「駅弁」と「駅弁大会」と名品誕生秘話

日本人の心を掴んだ「駅弁大会」の草創期 

鉄道駅を中心に、細々と営業をスタートした各地の駅弁が、今日のように全国区商品としての「駅弁」となったのには、1966(昭和41)年にスタートし、今日まで連続して開催されてきた、京王百貨店新宿店の「駅弁大会」の貢献が大きい。だが、百貨店の「駅弁」大会の嚆矢は、1953(昭和28)年に高島屋大阪店開催の「有名駅弁即売会」といわれる。

百貨店の「駅弁大会」は、秀逸な企画が連発されたこともあり、1990年代後半には話題性の高さからマスコミの注目度も格段にアップしたという。そして京王百貨店の駅弁大会は、ふるさと代表味を競い、日本人の郷愁や郷土愛を喚起する「駅弁の甲子園」ともいうべき一大イベントへと発展していった(全都道府県を網羅するのには37年を要した)。

念願の「駅弁甲子園」が実現

『ニッポンの課長』(重松清著/日経BP)によると、2003年に沖縄にモノレールが開通し、沖縄県初の駅弁『海人がつくる壺川駅前弁当』が誕生した。加えて、各駅の業者さんの廃業や撤退で空白地帯となっていた徳島県が、その年のお盆から「阿波地鶏弁当」の販売を始めたことで、念願の全都道府県参加の「駅弁甲子園」が実現できることになったという。

50回連続1位の「いかめし」が殿堂入り

京王百貨店新宿店「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」で、2020年まで、なんと50回連続で売り上げ1位を記録したのが、北海道・森町にある、函館本線森駅の駅弁「いかめし」。まさに駅弁の王者といえる。その圧倒的な実績により殿堂入りを果たした「いかめし」は、2021年の第56回大会以降はランキングから除外されることとなった。

小さな町の、小さな駅から伝説が

製造元は、1903(明治36)年森駅で創業した株式会社いかめし阿部商店。昭和初期に水産業の方で失敗し、多額の借金を抱えていた頃に「いかめし」のアイデアが生まれた。素材が豊富なイカの胴体にわずかなお米(現在はうるち米ともち米をブレンド)を入れて煮ると結構パンパンに膨らみ食感が良くなり、旭川駐屯地に向かう兵隊さんに喜ばれたという。

活気ある実演販売が人気を呼ぶ

阿部商店は、催事にあらかじめ作ったものを運ぶということを絶対にしない。全国どこの会場へ行っても、職人が生のイカに米を詰めるところから始める。それがこだわりとのこと。最高記録で1日に1万個を売ったことも。「いかめし」は鍋でいったん煮えてしまうと、箱に詰めるのは早いので、スピーディーに販売でき5個、6個のまとめ買い客が多い。

製造元の阿部商店は、周辺で最大の駅であった函館駅に駅弁販売の願い出をしたものの、すでに他の駅弁業者が販売していたため却下され、やむなく森駅で販売することになった。だがその森駅では、現在「いかめし」は売られていない。ローカル線の宿命ともいえるが、2018年にキヨスクの閉店に合わせ販売を終了した(駅前の自社店舗では継続取扱い)。

廃線によって駅弁が販売できなくなった例など

北海道・興部(おこっべ)駅の駅弁「帆立しめじ弁当」は、1989(平成元)年に名寄本線の廃止と共に駅弁としての役目を終えている。また、群馬県・横川駅の「峠の釜めし」は、各地の駅弁大会で常に上位人気の有名駅弁だが、沿線でも利用者が最小の横川駅で売れる数はほんのわずかで、駅近の直営のロードサイド店の売上がはるかに多いという。

※参考文献:『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(長浜淳之介著/交通新聞社刊)

『ニッポンの課長』(重松清著/日経BP刊)

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2025年4月 8日 (火)

世界的デザイナーにとっての百の「白」

【白湯】

茶事とは、お茶を喫する、あるいはものを食するという人の営みの一端。茶室に入る前の待合で、白湯が出される。煎茶でも酒でもない、無味ながら温まった湯を丁寧に供されると、日々の暮らしで汚れてしまった心身が清められたような気分になり、これまで味わってきた食の記憶までもが一度初期化され、零度の境地へと連れ戻された感覚になる。

【さくら】

白湯を入れた白磁の茶碗に塩漬けの桜の花弁をひとひら落す。湯に薄まりつつ立ち上ってくる桜の香り。湯をかすかに染めるさくらの色。京都のしだれ桜は美しい。そして幻想的でもある。しかし日本人の心にあるさくらはソメイヨシノでもしだれ桜でも山桜でもない。ようするに「さくら」という幻想ではないかと最近では思うようになった。

【醤油差し】

磁器で忘れてならないのは、飯茶碗や皿、醤油差しといった、工業製品として量産される日用品。陶磁器というと手作りの一品ものや芸術的評価の定まったものに目が行きがちであるが、生活の美を作り出しているのは、量と安定性である。手ぶれや歪みを称揚してきた日本文化であるが、暮らしの小さな幸福を支えているのは、工業製品としての陶器である。

【紙】

紙の本質は、汚れやすく、傷みやすいという点である。いかにもはかなげなものがすれすれの命脈を保ちながら眼前にあるという、繊細な感覚を揺り起こす緊張感が、紙というものの根源である。人類はこのような「無垢」を突きつけられ続けることで、知恵と集中力、そして細やかな感受性に辿りついたのである。

【白衣】

医師や研究者は白衣を着ている。襟付きの長袖で丈は膝下あたり。制服ではなさそうだがなぜこれを纏うのか、診察や化学実験には、厳粛さが求められる。派手な柄物の衣服など身につけていてはきまりが悪い。白衣なら袖を通すだけでその場の空気が変わる。診察をする方も受ける方も、落ち着くのであろう。

【概念】

人間は概念を持ち、そういう目をしている。ライオンは概念を持たず野生の目をしている。もしも言葉を持たないで、純粋に本能だけで生きているとすると、僕はライオンのような目をして「うー」と終始唸っているかもしれない。「白」もまた言葉であり概念である。だから詩人(下記)はこのような表現を生み出し、僕らは白について考えたりするのである。

「どんなに白い白も、本当の白であったためしはない。一点の翳もない白の中に、目に見えぬ微小の黒がかくれていて、それは常に白の構造そのものである。白は黒を敵視せぬところか、むしろ白は白ゆえに黒を生み、黒をはぐくむと理解される。存在のその瞬間から白はすでに黒へと生き始めているのだ」。(谷川俊太郎「灰についての私見」部分)

 上記は原研哉著『白百』(中央公論社)の百の「白」から、冒頭部分の4行で著者の意図がある程度読み取れ、ブログ投稿者がその文意に共感できるものを、100節中の6節取り上げさせていただきました。

最後は、原研哉著『白百』の「中央公論社 あとがき」です。

白があるのではない。白いと感じる感受性があるのだ。だから白を探してはいけない。白いと感じる感じ方を探るのだ――日本文化の繊細さと簡潔さを生み出し支える美意識の原点を、デザインの現場で活躍する著者が多角的に考察した「白の美学」。なお、著者は「まえがき」で、白に一を加えて百。この漢字のイマジネーションにも勇気をもらったと。

【真珠】

真珠は生まれ方が神秘的である。貝には、貝殻を形成する器官が備わっている。「外套膜」と呼ばれる部分がその機能を担うが、この外套膜の一部が、小さな異物とともに、何らかの拍子で貝の内側に侵入した結果、貝殻と同様の光沢がある物質でその異物を包み込んでしまう。これが真珠である。

※参考文献:『白百』(原研哉著/中央公論社刊)

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2025年4月 2日 (水)

初心者用オーケストラにまつわる面白雑学~カラオケの語源~

”空オーケストラ”からきており、その略語で”カラオケ”と呼ばれるようになったとされています。主に放送業界で使われていた言葉と言われており、歌手を呼んで歌を披露する際にバックの演奏家を集めなくてもいいように、「歌なし(カラ)の演奏(オーケストラ)」をテープなどに録音しておいたそうです。その後、カラオケビジネスが台頭しました。

イタリアの指揮者(アルトゥーロ・トスカニーニ)とシルクのハンカチーフ

ドビッシー『海』のリハーサル中、彼はある一節で、自分が求める感覚がうまく伝わってないことに気づいた。少し考え、彼はポケットのハンカチを頭上高く投げ上げた。団員はうっとりと、優雅に落ちてくるハンカチを見つめていた。それが床に落ちたとき、トスカニーニは満足げに微笑んだ。「これだよ」と彼は言った。「こういうふうに演奏してほしい」と。

世界最古のオーケストラは日本の雅楽

世界の文化を吸収してオリジナルな”日本流”をつくってしまうのは、この国のお家芸。大陸の音楽と日本独自の音楽が融合してできたのが、「雅楽」。701年に日本で初めて制定された本格的な法律「大宝令(たいほうりょう)」には、宮廷で行われるさまざまな音楽や舞を学び、演奏し、伝えていく公的な機関として「雅楽寮」を設置することが記されています。

雅楽寮(うたまいのつかさ)には、歌人・舞人・楽師など数百人が配属され、当時の官庁のなかでも、最も大きな規模を備えていました。伝来当初の雅楽は、混沌としたものだったようですが、歴代天皇の庇護のもと、この雅楽寮を中心に300年近くかけて形式が整えられていき、平安時代には芸術文化としてほぼ完成したとされています。

管楽器(三管)    ・笙 (和音)・篳篥(主旋律)・龍笛(旋律)

絃楽器(両絃)    ・琵琶(拍節)・筝 (拍節)

打楽器(三鼓)    ・鞨鼓(拍節)・太鼓(拍節)・鉦鼓(拍節)

管楽器、絃楽器、打楽器の編成は西洋音楽のオーケストラと同じ。

リーダー不在のオーケストラ

そのオーケストラは「オルフェス管弦楽団」という。米国の小編成楽団で、グラミー賞を二度も受賞した世界的なオーケストラだ。弦楽器16名、管楽器10名の組織編成で、リハーサル、演奏、レーディングにいたるまで、一貫して「指揮者なし」で行う唯一のメジャー楽団であり、自律型演奏の先駆け的存在である。

この楽団の最大の特徴は、固定的なリーダーがいないこと。作品ごとに最適なリーダーが選ばれて「作品解釈の素案」をつくる。その案をもとに、メンバー全員で緊密に対話しながら演奏を構想し、完璧なハーモニーを共創する。メンバーは対等な発言権を持っており、対立があった場合はリーダーが仲裁する役割を持っている。

彼らには「オルフェウス・プロセス」と呼ばれる8つのルールが存在する。

1.その仕事をしている人が権限を持つ 2.演奏に自己責任を持つ 3.役割を明確にする 4.リーダーシップを固定しない 5.平等なチームワークを育てる 6.話の聞き方を学び、話し方を学ぶ 7.コンセンサスを形成する 8.職務にひたむきに献身する

※参考サイト:『 https://dhits.docomo.ne.jp/feed/10003082』

https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/88611/ #:~:text

※参考文献:『アイデア・バイブル』(マイケル・マハルコ著/ダイヤモンド社刊)

『だから僕たちは組織を変えていける』(斉藤徹著/クロスメディア・パブリッシング刊)

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