ブルガリアヨーグルトの劇的な世界普及
2人の功労者
ロシア生まれの生物学者イリヤ・メチニコフは微生物が免疫に及ぼす影響を研究し、1908年にノーベル賞を受賞した。パストゥール研究所の主任研究員を務めたメチニコフは「老化は腸内の有害な細菌が原因」だとする説を唱え、ヨーグルトに含まれる数十種類の健康な細菌を体内に取り入れることで善玉菌が悪玉菌を抑えて胃腸を整えると主張した。
パストゥール研究所から数十キロ離れた場所でも、同じ考えのもと研究を進めている研究者がいた。ブリガリア出身の微生物学者スタメン・グリゴフだ。彼は質素な暮らしにもかかわらず、ブルガリア人が世界の平均寿命よりはるかに長生きであることに注目し、ブルガリアのヨーグルトには何か特別な特徴があるに違いないとの仮説を立て、研究を続けた。
スイスの研究所で働いていたグリコフは故郷から自家製のブルガリアヨーグルトがたっぷり入った伝統的な土鍋「ルカトカ」を持参していた。彼はこのヨーグルトを研究するうち、ブルガリアヨーグルトに含まれる細長い棒状の細菌を発見する。グリゴルフの研究成果はメチニコフのもとに届き、彼はヨーグルトが長寿に関係するという自説に確信を持つ。
ブルガリアヨーグルトに関する自説に自信を得たメチニコフは、やがて、画期的なある講演を行うことになる。この講演がヨーグルト史の転機になったとの評価がある。たったひとつの出来事から世界的な食の流行が生まれることはめったにないが、ヨーグルト産業は、1904年6月8日にパリで開催されたフランス農業学会の会場で生まれたと言えるだろう。
「老年期」と題したこの講演は、乳酸に含まれる善玉菌の重要性をメチニコフが繰り返し強調するものだった。この微生物は、長寿の国として知られるブルガリアで多く消費される酸乳に含まれています。このことから、ブルガリアの酸乳を食生活に取り入れれば腸内フローラが受ける悪影響を軽減できると考えてよいでしょうと。
このメチニコフの理論は一夜にしてセンセーションを巻き起こした。翌朝、フランスの『ル・タン』紙は、「老けたくない、長生きしたいと願う女性や聡明な殿方にぴったりの処方箋を紹介しよう。それは、ヨーグルトを食べること!」と報じた。海の向こうのアメリカでも1905年『シカゴ・ジャーナル』紙は、ヨーグルトを次のように紹介している。
ブルガリアのレシピを忠実に再現して作られた凝乳は、今では不老の薬とも言われている。このヨーグルトと呼ばれる物質は、腸内のすべての有害な細菌を死滅させると同時に、善玉菌と最高に相性が良い。見かけは普通のクリームチーズが腐ったような感じで、味も似ている。100歳まで生きたい願う人々は、朝食にヨーグルトだけをたっぷり食べていると。
日本にブルガリアヨーグルトが上陸
それは、1970(昭和45)年に大阪で開催された万国博覧会で、ブルガリア館はブルガリアヨーグルトを展示した。これが、本場ヨーロッパの無添加の酸っぱいヨーグルトの味を日本人が知るきっかけとなった。そして、デザートばかりでなく、サラダや料理の素材としても幅広く使われているといった情報もあわせて伝えられた。
これを受け、日本の食品会社が、乳酸菌のひとつであるブルガリア菌を使用したプレーンタイプのヨーグルトをブルガリアヨーグルトとして1971(陽把46)年に発売した。ただ、本場ブルガリアの味と食感は、当初、日本人にとって受け入れにくいものだったが、徐々に「健康」という切り口でその効用が取り上げられ、現在のように広く普及した。
参考文献』:『ヨーグルトの歴史』(ジューン・ハーシュ著/原書房/2021年刊)
『漬物を食べないと腸が病気になります』(松生恒夫著/廣済堂出版/2016年刊)
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