« 一度は食べてみたい「おにぎり」リスト 『47都道府県を旅して見つけた毎日楽しめるレシピ94 日本のおむすび』(菅本香菜著/ダイヤモンド社刊)より | トップページ | 2大新聞(朝日と日経)の「抹茶」報道 »

2026年1月25日 (日)

世の中に〝なかった花〟が生まれた2例 花の『赤いスイトピー』は曲の25年後に誕生

松田聖子さんの『赤いスイトピー』は、いまから44年前の1982(昭和57)年121日にリリースされた。スイトピーの花言葉は。「門出」と「さようなら」の他に、「別離」や「優しい思い出」などだで、卒業や転職など、新たなスタートを切る人への贈り物にぴったりとされる。にも拘わらず121日が「スイトピーの日」なのは楽曲誕生日に由来する。

松田聖子さんは1980(昭和55)年4月に「裸足の季節」でレコードデビュー。伸びのある歌声で注目され、リリースした楽曲が次々とヒットを記録し、1980年代を代表するアイドルに。ブレイクのきっかけとなったのが、この曲『赤いスイトピー』とされる。この曲リリース前の聖子ファンは男性中心だったが、この曲以降は圧倒的に女性ファンが増えた。

歌の大ヒットの一方、花屋さんに困ったことが起きた。ファンが『赤いスイトピー』を求めに来るのだが、当時スイトピーに赤い色はなかった。曲の作詞は、当時売れっ子の松本隆さんだったが、どうやらお花のことは詳しくなかった模様。しかし、曲のヒットから25年後に、聖子ファンだった園芸家の品種改良の努力が実って、遂に赤いスイトピーが誕生。

同曲は、作詞・松本隆に対して、作曲・呉田軽穂(くれた・かるほ)だったが、これは松任谷由実のペンネーム。いわば、当時のゴールデンコンビの作品だった。この名曲誕生にはもう一つ秘話があり、それは、提供した楽譜を一度もダメ出しされたことのなかったユーミンが、歌い手の喉の調子に合わせ、プロデューサーの意向で一部修正したというもの。

もう一つ『青いバラ』の誕生秘話

「青いバラ」は英語(blue roses)では「不可能なこと」を意味する言葉だった。なぜなら、

多くの青い花に含まれる青色色素(デルフィニジン)を作る能力がバラにはないためだ。前出の『赤いスイトピー』のように品種改良で生み出せる性格のものではなかった。この不可能に挑戦したのが、「やってみなはれ」で知られるサントーリーだった。

サントリーのチームは、「幸せを象徴する青い花を作って世の中を明るくしたい、勇気づけたい」との思いから出発。「バイオテクノロジーを用いればバラで青色色素を合成させることができ、青いバラができるはず」と考えた。サントリーのDNAである「やってみなはれ」にふさわしいチャレンジと捉え、1990年に夢への挑戦の始めた。

その後、14年の歳月を経て、2004年にようやく開発の成功を発表。「青色色素が花びらに存在する、世界初の青いバラの誕生」と大きな反響を呼んだ。その後、2008年に生産販売に必要な認可を取得、2009年から「サントリーブルーローズ アプローズ」(花言葉「夢 かなう」「奇跡」「神の祝福」「喝采」などとして発売しされている。

なお、青いバラはその特殊性から、購入に際しては注意が必要とのこと。一部の高級花店や専門店では、事前予約で青バラの生花を取り扱っていることがあります。全国展開している大手フラワーショップ(例:日比谷花壇、青山フラワーマーケット)などでは、特別注文が可能な場合も。お店に行く前に、事前に確認することが望ましいとのこと。

参考資料:Wikipedia「松田聖子」

『動的平衡』(福岡伸一著/小学館刊)

Leaf Wrapping 山本志のぶ ホームページはこちらです

研修講師のチョットいい話/stand.fm

|

« 一度は食べてみたい「おにぎり」リスト 『47都道府県を旅して見つけた毎日楽しめるレシピ94 日本のおむすび』(菅本香菜著/ダイヤモンド社刊)より | トップページ | 2大新聞(朝日と日経)の「抹茶」報道 »

マーケティング・その他」カテゴリの記事